【昔のヒップホップ雑誌を見るシリーズ】1996年のVIBEマガジンでJermaine Dupriが語ったこと

 

 

雑誌という媒体

は今では年々発行部数が減っている。PlayatunerというWEBマガジンを運営しているにも関わらず、やはり紙という媒体に憧れるのは何故だろうか。ページをめくったときの匂い、やたらと多い広告、かっこいい広告、小さい文字、ロングインタビューなど、思い出すほど浪漫が詰まった媒体であると感じる。とても3D的であり、目だけではなく、五感全てに記憶が残るようにも思える。

そんななか「最近音楽雑誌読んでないな」と思い、Googleにて検索したところ、GoogleBooksにてかなり多くのヒップホップ雑誌がアップされていることを知った。このシリーズではそこにて掲載されている記事を少し紹介したい。

VIBE: 1996 September

今回紹介するのは1996年のVIBEマガジンにて掲載されているJermaine Dupri(ジャーメイン・デュプリ)の記事だ。Jermaineと言えばSo So Defの代表であり、Kris Kross、Bow Wowなどを世に輩出した。

この記事によると、実はJermaineの父親は元々アーティストマネージャーの仕事をやっており、過去にはなんと「S.O.S.」や「Cameo」などの大御所ファンクバンドのマネージャーも努めていたのである。Jermaineが3歳のときに父親にドラムキットを買ってもらったらしく、14歳の時には父親の紹介でSylk Times Leatherをプロデュースしている。

さらには「音楽以外の分野でも、一番になりたい」と語っており、「DiddyやSuge Knight以上キャリアを長続きさせる」と豪語している。このような発言からも、彼の自信が伝わってくる。もちろん彼は素晴らしいプロデューサーであり、今まで数々のヒット曲をリリースしてきたが、このようなメンタリティがDr. Dreとのビーフにも繋がるきっかけになったのだろう。

サウスがヒップホップ界に存在を示した日。東と西がメインであった時代に切り込んだ2人組

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