「俺のビートを使用した曲を勝手にリリースしないでくれ…」楽曲「Magnolia」から見るプロデューサーの立場

 

 

ヒップホップにおけるプロデューサー

の重要さは計り知れない。むしろプロデューサーがいないと、この業界はどうなってしまうのだろうか?と考えてしまうほど重要な役割を担っている。ラッパーがドープなライムを披露するのと同じぐらい、音楽としてのビートやサウンドの要素は重要だ。場合によっては完全にビートの力で有名になる曲も多い。そんななか、Playatunerではプロデューサーの地位向上を目的とし、プロデューサーにフォーカスを当てる記事を何度も書いてきた。特に下記の記事はオススメである。

プロデューサーたちの地位向上を訴えるアーティストたち。プロデューサーやトラックメーカーたちは過小評価されてる?

 

上記の記事では「プロデューサーは過小評価されている?」という疑問を投げかけつつ、彼らの功績を評価する場の少なさについて語った。記事内ではSonny Digitalの「ヒットしているラップ曲からビートを取り除いたら何が残る?」という発言も紹介したが、特に近年はこのようなことを考えることが多くなった。例えばNasの曲からビートを抜いたとしても、「Nas」としてのカッコ良さが残るのは目に見えている。しかし全ラッパーがそのようなスキルを持っているわけではなく、ビートのおかげで売れたと言っても過言ではない曲が世の中に多いのも確かである。

 

ビートが非常に重要な役割を担っている近年のヒット曲と言えば、Playboi Cartiの「Magnolia」であると感じる。もちろん彼のキャッチーなフックも頭に残る要因であるが、このビートは素晴らしくキャッチーである。そんなMagnoliaのプロデューサーのPi’erre BourneはMass Appealにてこのように語った。

 

Pi’erre:最初はCartiが俺のビートを使用していたことを知らなかったんだ。既に曲がネットで話題になってて、Akademiksの投稿で知ったんだ。俺はスタジオに行ったときK$upremeに「ヨーCartiがお前のビートでやったぞ。彼にお前のビートをあげといた」って言われて俺は「は?勝手に何してんの?」って怒った。

俺はコミュニケーションを大切にしているんだ。でも勝手に俺のビートをリリースして、逃げるやつらを問題に感じている。俺はそういうことが起こってほしくないんだ。皆が同じ意識で作業を進められるように、コミュニケーションを取りたい。

 

最初はCartiに勝手にMagnoliaのビートを使用されたと語った。その後ちゃんとコミュニケーションをとって、スタジオに作業しに行ったらしいが、勝手に使用された自分のビートがバズるというのはどのような感覚なのだろうか?

もちろんヒップホップでは、有名なビートをジャックして、自分のラップを披露することも文化の一部である。そのようにしてミックステープを作り、知名度アップしてきたラッパーたちが多くいるのも事実だ。しかし有名なビートをプロモーション用に使用して無料で公開するのと、了承を得ていないビートを使用し、「自分の曲」としてリリースしてしまうのは全く別の話だ。Pi’erreが怒っていたのは、後者であったからだろう。

近年ネットの発達により、このように「勝手にリリースする」という事例が多いと感じる。もしかしたらネットの発達によってバレる可能性が高くなっているだけかも知れないが、以前であれば「自分の曲としてリリースする」ということは今とは比べ物にならないぐらいハードルが高いことであった。曲をリリースするプロセスが便利になればなるほど、プロデューサーとビートに対する扱いが少し雑になってきてない?と感じることも多々ある。私も見知らぬ人にから自己紹介もなしに「ビートを無料でください!」とメッセージが来たことがあるが、正直何を考えているかはわからない。「◯◯という者だが、無料で公開する曲でビートを使用させてほしい」という旨であれば、その慎重な対応に敬意を示して返信する人も増えるだろう。

何にせよ、プロデューサー/トラックメーカーという立場は「音楽」を作る上で、前に立つ人並、もしくは以上に重要な役割を担っている人でもある。だからこそ敬意を払って、1アーティストとして取り上げるべきだと感じる。

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