Tinasheのキャリアから学ぶ「DIY精神とアーティストの底力」ラッパー的な手法でファンベースとスキルを獲得した彼女のキャリア

 

 

ラッパーのカムアップ

についてはPlayatunerにて何度も紹介してきた。むしろヒップホップは「カムアップ・ストーリー」というものが最も重要視されているジャンルでもあるが、ラッパーたちのエピソードや、「グラインド精神」から学べることは非常に多い。何も持っていない状態から、クリエイティビティを駆使して認識されるところまでキャリアを運ぶアーティストも多く、世界中のアーティストの「ロールモデル」としてそのストーリーは受け継がれている。

カムアップするラッパーにとっての「地下室スタジオ」の役割。音楽にコミットできる環境づくり

 

そんなラッパーたちのカムアップ・ストーリーのなかで、非常に重要な役割を担っているのが「ミックステープ」だ。以前ミックステープとアルバムの違いについて、Nipsey Hussleの例を踏まえて紹介したが、簡単に伝えるとミックステープというものは、アルバムと違い「商用ではなく、宣伝用に作られた作品」と考えるとわかりやすいであろう。アーティストの収入源が「音源」というより、ツアーやブランド・スポンサーに移行しているなか、「宣伝を意図した作品」というものは、自分のブランドを0から作り上げる上で非常に重要になってくる。もちろんファンベースが既に形成されている場合は、音源で生活できるアーティストもいるが、特に0からファンベースを作り上げるときには「リスナーの参入ハードル」をなるべく下げるという考えが有効になってくるであろう。

そのようにバンバン曲を作って、立て続けにリリースするという行為は、どうしても「ラッパーがやるものだ」というイメージが強いだろう。また、インターネット時代に台頭してきた「YouTubeアーティスト」やインスタグラマーに近い「SNSアーティスト」が実行する戦略だと考えて、表面上の「ブランディング」にために、そのような泥臭い作業はやりたくないという人も多いだろう。特に「シンガー」としてメインストリームにて活躍し、メジャー・レーベルから爆発的に売れることを夢見るアーティストにとっては、オーディションや「偶然発掘」されるという「シンデレラストーリー」のような道筋が「理想」だとされているのではないだろうか?

しかし、その「イメージ」とは裏腹に、カムアップ・ストーリーが非常に「ヒップホップ」っぽく、自力で「発掘」されたシンガーがTinashe(ティナーシェ)である。彼女は「レーベルの産物」のようなレッテルを貼られることがあるが、実際には興味深いカムアップ・ストーリーを持っている。2014年にリリースされた楽曲「2 On」で爆発的に売れたTinasheであるが、彼女の経歴をおさらいしつつ、メインストリームのシンガー/エンターテイナーを目指すアップカミングなアーティストにとっても参考になる彼女の事例を紹介したい。

 

Tinashe、役者やめるってよ

Tinashe(ティナーシェ)は1993年にケンタッキー州にて生まれ、8歳のときに家族でLAに引っ越している。父親はジンバブエからの移民であり、母親はノルウェイ/デンマーク/アイルランドの家系のアメリカ人であった。4歳から様々なジャンルのダンスを習いはじめて、幼い頃から役者業にコミットするようになる。「オーディションやレッスンを受けるためにLAに引っ越した。その決断をしリスクを取ってくれた親には感謝している」と語っている。そのおかげもあり、彼女は子役として複数の映画やドラマに出演するようになり、若くしてエンターテイメント・ビジネスを経験するようになったのだ。子供の頃からこのような「芸能活動」をやっていたため、学校を長期間休むことが多く、学校に居場所がなかったとも複数のインタビューで語っている。

役者として活躍し、学校を辞めた彼女の芸能キャリアは順調のように思えたが、彼女は15歳の頃に役者業から身を引いている。その理由として、「本気で音楽をやりたく、女優が片手間で音楽を作っていると思われたくなかった」と語っており、音楽のために今まで積み上げてきたものを一旦壊すリスクを取ったのだ。その後、彼女はVitamin Cがプロデュースするガールズグループ「The Stunners」に加入し、音楽キャリアを本格的に開始した。こちらのグループは先程書いた「シンデレラストーリー」のように、オーディションで加入したわけであるが、実際には4年後には解散をしている。ジャスティン・ビーバーのツアーOAを務めたり、成功体験はあったが、グループが「ヒット」に恵まれることはなかった。

 

Tinasheの本領発揮

グループが解散し、音楽を辞めるメンバーもいたらしいが、Tinasheをソロ活動を本格化する。ここからがTinasheの本領発揮である。彼女はThe Stunners時代の貯金を使い、レコーディング機材を揃えた。近年はレコーディング機材は比較的安く揃えることができるのもあり、親と一緒に住んでいた家の自室に、簡易的なホームスタジオを作り、知識0の状態から自分で音楽を作り始めたのだ。彼女はNoiseyにてこのように語っている。

 

Tinashe:私はいつも「自分でやる」という発想を持っている人で、他人に何かをやってもらうのを待つのが嫌いだったり、他人に完全に頼るのがあまり好きではない。自分で曲を作ったり、MVを作ったりするスキルを持っていたい。だから自分でカメラの使い方も、Final Cutの使い方も覚えたし、それを自分で編集してネットにアップできる。LOGIC(音楽編集ソフト)をインストールして、キーボードを買ってプロデュースする方法も学んだ。プロダクションは複雑で難しいから、YouTubeのチュートリアルとかを見て学んだ。

 

彼女はグループが解散した後、部屋に毎日篭り、自身のサイトで無料配信をするために曲を作りまくっていたのだ。実際に上記の動画では、彼女がレコーディングしていた自室を見ることができるが、どこにでもある、ごく普通の部屋である。「大きな家ではないから、私がレコーディングしてるときは、家族は逃げ場がなくなるの」と語っており、場所を選ばずに「作る」ことに集中していたことが伝わってくる。実際にデビュー・アルバム「Aquarius」に収録されている数曲も、この部屋でレコーディングされている。(映像ではLOGICではなく、Pro Toolsを使用している)

そんな彼女のフォーミュラは、まさに以前からPlayatunerで書いているラッパーの「カムアップ・フォーミュラ」と同じである。

①部屋でハイスピードで自主制作
②ミックステープを無料配信し/ストリーミングプラットフォームにて配信をする
③自主制作でMVを複数制作/アップ
④繰り返す

この調子で、Tinasheはソロ活動を開始した年に2枚のミックステープをリリースしており、これらが彼女のキャリアに大きく貢献している。もちろん1stミックステープの楽曲/MVは自主制作感が強いが、逆に他のアーティストがやっていない雰囲気の音楽を作ることが出来ていたり、アーティストとしてはむしろミックステープ時代のほうが面白いことをやっていたようにも感じる。

 

 

試行錯誤と独自のスタイル

「アルバム」という形で商業作品を作ることに集中するのも、もちろんアーティストとしては素晴らしいことだが、ミックステープには「宣伝効果」以外にもいくつかのメリットがる。それはPDCAサイクルに適しているということである。PDCAとは「計画、実行、チェック、改善」をサイクルで回すことであり、ビジネスの場では頻繁に使われるフレームワークであるが、自分のスタイルを見つける際にも重要なプロセスとなってくる。アイディアが生まれ、それを実行し、世に出す。世に出してみた感触や、実際に上手くアウトプットすることができたかをチェックし、改善点があればそれに取り掛かる。それを高速で繰り返すことができるのが「ミックステープ」である。アルバムだと、実際にリリースまでに準備が長かったり、制作へのこだわりが要素として大きくなるため、このPDCAのフィードバックが返ってくるまでに時間がかかるのだ。

また、ミックステープは商業作品ではないため、正式なセールス記録が残らない。レーベルと交渉するときは過去のアルバムの売上枚数を見られるが、ミックステープだと正式な枚数が残らないため、自分に合っている面白いスタイルを気軽に試行錯誤できるのだ。そしてその「試行錯誤」が「独自のスタイル」を見つける上で非常に重要となってくる。実際にTinasheの初期のミックステープは、様々なサウンドを取り入れているものの、「Tinasheはこういう雰囲気の曲をつくる」という感覚は伝わってくる。ターンアップする曲もあるが、少しどこかでダークなスムーズさがある。

 

「ミックステープ=ヒップホップアーティスト」という風潮は今後さらに薄まってくるだろう。DTM技術が発達するなかで、より多くのジャンルのアーティストが「作品を作る=過去作のプロモーションになる」という構図を取り入れることが予想できる。メジャーレーベルと契約して、メインストリームで活躍するのが夢だったとしても、「独自」に活動する他のアーティストが競合になることは変わらないのだ。そのなかでTinasheの例は、「シンガー」志望の方でも参考になるだろう。

 

最新アルバム「Joyride」

上記を踏まえた上で最新アルバム「Joyride」について少し考えてみたい。彼女のデビュー・アルバム「Aquarius」は評価が高く、ポップでキャッチーであるが少しダークな雰囲気をまとった楽曲たちが多くのリスナーの心を掴んだ。そのフォローアップとして、当初は2015年にJoyrideの情報が公開になっている。しかしそこから、複数のシングルを配信し、賛否両論なレビューを経て、ツアーをしまくった結果、恐らく自分が作りたいアルバムが客観的に見れなくなってしまったのかもしれない。また、長きに渡るレーベルとのぶつかり合いもあったらしく、DIY精神を持っていた彼女は徐々にEvidenceが言うような「作品を温めると自信を無くす」現象に陥ったのかもしれない。

そこで彼女はJoyrideの製作途中に完成した曲たちを含んだ「Nightride」というアルバムを2016年にリリースした。その作品を経て、やっとリリース宣言をしてから3年越しのアルバム「Joyride」が2018年の4月に発売になったのだ。実際には「Aquarius」のほうがキャッチーな曲が多いように感じたのもあるが、今作では試行錯誤のペースが落ちた「迷い」のようなものも伝わってくると感じた。「ポップでキャッチーだが、ダークでソウルフル」という、彼女がミックステープ時代に培ったスタイルが「Aquarius」では全面的に出ていた。しかし今作では多くの人の期待とレーベルの要望が強かったのもあり、少し「キャッチーさ」と「ダークさ」のバランスに迷うこともあったのかもしれない。

 

しかしアルバム全体を通して聞くと、「こういう雰囲気のものを作りたかったのか」と理解できてくるのもあり、一発で高評価を受けた「Aquarius」に比べてこちらは「スルメ」な作品になっているようにも感じる。元々かなりDIY精神溢れるアーティストであり、自分の作品に対するヴィジョンも持っているクリエイターでもあるので、今作が大衆に理解されなかったとしても、彼女は恐らく今後もアーティストとして進化し続けるだろう。

Joyrideはその「制作の葛藤」やエピソードを知った上で、彼女のエンターテイナーとしての長い道のりの通過地点、そして「良い経験となった作品」として楽しむことができる。例えば「Stuck With Me」ではLittle Dragonをフィーチャリングしているのだが、彼女はなんとLittle Dragonのインスタに自分でDMをして、フィーチャリングを獲得しているのだ。何年も前からDMでアタックしていたらしいが、やっと願いが叶ったのもあり、この楽曲の裏話も面白いスパイスを与えてくれている。個人的には、「作品」というパッケージには、「音」以外の要素も含まれていると思っており、彼女のこの3年間の葛藤や想いなどを想像しながら聞くと、より「Joyride」を楽しめる。

恐らくこの作品が成功したとしても、好ましい評価を得ることができなかったとしても、これがターニングポイントとなり、今後の制作スタイルもガラッと変わっていくことが予想できる。彼女は「自分で動く」という行動力もあり、DIY精神を持って制作できるので、どのような状況でも「アーティスト」として活動を続けることができるだろう。今作ではほぼDIY精神は発揮していないようにも思えるのだが、以前の作品と比べることにより、そのコントラストを楽しむこともできる。

 

アーティストの底力

このように、TinasheのようにDIY精神を持って独自で「レバレッジ」を作れるアーティストは、「ミックステープ」という形でファンベースを形成することができる。また、どのような状況になったとしても、「アーティストとしての底力を見せることができる」という最大の強みも持っているのだ。もし「シンガー」として独自で制作をするノウハウを得ずに、他人に頼りっぱなしであれば、レーベルと契約更新できなかった時点でキャリアはほぼ「詰み」となるだろう。実際にそのようにして消えていくアーティストは多い。しかしTinasheは、恐らく今後どのような状況になったとしても、コアなファンベースを獲得する「スキル」をDIY時代に培っているのだ。特に最初の3枚のミックステープでカムアップした流れは、ラッパーだけではなく、「シンデレラ・ストーリー」を夢見ているシンガーにとっても、かなりキャリア形成の参考になるだろう。自分でアウトプットができるというのは、生存戦略の第一歩となる

 

レーベルとの関係や、シングルの評価からTinasheのキャリアを心配する声もYouTubeなどで多く見る。しかし、彼女はキャリアという長い人生の道のりを、「楽しみ」ながら「ライド」するスキルがあると思っているので、私は心配はしていない。

最後に彼女がDIY精神を持っていたからこそ実感することができ、社会に発信している重要なメッセージを紹介したい。彼女はcrfashionbookにてこのように語っている。

Tinashe:若い女性たちが業界に入ることができるように勇気づけたい。それはアーティストとしてだけではなく、ミキシングやエンジニアリングなど、裏方としての仕事も。音楽業界はアーティストに限らず、関係者が圧倒的に男性が多いから、女性のレプリゼンテーションをもっと増やしたい。

実際に彼女は今まで独自でエンジニアリングなども学んできたからこそ、この問題の大きさを理解することができたのだろう。DIY精神を持って得た「経験」というのは、間接的にも様々な効果を発揮する。そんなことが彼女のキャリアからは学べる。

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