Rich Brian「学校も通ってなかったし義務教育も受けてない」知的探究心で自分の「居場所」を見つけたインドネシアの少年

 

 

広義の意味での教育

についてはPlayatunerにて何度も取り上げている。そのなかでも特にアーティストの作品やストーリーから、「実際に前に進むために知っておきたい事例」を学ぶというテーマが多い。負のスパイラルから脱却するために自ら地域の教育に投資するアーティストについてであったり、高校のイジメ問題について等身大なラップするアーティストについてであったり、海外と日本で育ったなかで個人的に感じた教育の重要性であったり、「教育」というのは自分のキャリアを見つけ、「グラインド&ハッスル」をする上でも大きなテーマである。細心の教育の記事にては、スポーツとアートの教育間の違いについて書いた。

スポーツとアートにたいする「教育観」の違い。Chuck Dが歪な教育の環境について語る。

 

上記の記事や、学校のイジメ問題について語った楽曲の共通点として挙げられるのが「居場所を提供する」ということである。夢中になれることを提供するという切り口でも、ヒップホップは多くの人に「居場所」を提供してきた。そんな居場所に関するエピソードであるが、非常に興味深い事例があるので紹介をしたい。

今回紹介するのが、インドネシアからインターネットでバイラルになり、一躍スターとなったRich Brianである。彼は16歳のときに「Dat Stick」を公開し、シリアスな曲調にコミカルさを混ぜ込んだMVでインターネットの話題をかっさらった。

 

そんな突如インターネットから出てきた彼がどのような生い立ちなのか、気になっている方も多いだろう。彼は流暢な英語でラップをするが、実際には2017年までアメリカに行ったこともなければ、両親が英語を話す訳でもない。そうなれば「彼はインターナショナル・スクールなどで言語教育を受けたのかな?」と考えるだろう。しかし、彼はむしろ学校に通ってないのだ。ジャカルタにて生まれ育ち、ほぼ学校に通うことがなかった彼は端的に言うとインターネットのおかげで自分を教育することができたのだが、下記のBig Boyのインタビューを紹介したい。

 

話題はBig Boyの「どのようにして英語を勉強したの?」という質問からはじまる。

 

Brian:小学校2年生から「ホーム・スクール」になったんだ。(ホーム・スクールとは家庭を拠点に教育を行う制度。日本では学校教育法によって認められていない)実際になんでホーム・スクールになったのかは明確にはわからないんだよね。4つぐらい理由は聞いたことあるんだけど。

Big Boy:まじか。そのなかのメインの理由は?

Brian:なんか「忙しくて学校まで車で送る時間がない」って親に聞かされてた。でも先生が家に来て教わるのではなくて、親に教わってたんだよね。

Big Boy:え、親は学校に送り迎えする時間はないけど、一日中教える時間はあったの?

Brian:そうなんだよね。最初はその理由を信じてたんだけど、実際には学校は徒歩2分ぐらいの場所にあったんだ…一度も車で送ってもらったこともなかったし…実際にホーム・スクールというと響きは良いけど、うちの場合はちょっと違ったんだ。最初の2年は毎日宿題を出されてたんだけど、ある日全てが止まって、何もしなくなったんだ。

Big Boy:え?じゃあホーム・スクール自体がなくなったってこと?正式には教育を受けてないの!?

Brian:そう…でも別に親とはその話をしなかったんだ。当時の自分としても、自分から「俺の宿題は?」ってリクエストもしたくなかったし。

Big Boy:そうだよな!生徒としては宿題したくないしな…「え?俺に読書感想文をくれよ!」とか言う学生いないだろうし。兄弟全員で「誰も言うなよ?」って感じだったの?

Brian:そうそう。多分宿題について親に話してたら兄に怒られてただろうし(笑)

 

なんと彼によると、親が宿題を出すのを止めたのもあり、10歳頃から教育を受けていないのである。面白おかしく語っているので、笑える会話となっているが、実際には非常に深刻な問題である。しかし彼はその代わりに自分で行動を起こし始めた。

 

Brian:10歳ぐらいのときから、毎日「俺まじで人生で何やってんだろ…」って思い始めた。その時から毎日パソコンに向かって色々な動画を見てたんだ。

一同:ずっとに家にいて、外にも出てなかったの?中学とか高校の経験を全て逃したのか…だから今色々なことをやってるのか。

Brian:最初はYouTubeでとりあえず適当にめっちゃ動画を見ることから始まったんだ。そこから徐々にルービック・キューブにハマって、大会とかに出るようになったんだ。

Big Boy:それは上手く行ったね

Brian:YouTubeにアップされてるルービック・キューブのチュートリアルをひたすら見ることによって、自分で素早く解けるようになった。見ていたチュートリアルが全部英語だったんだ。

Big Boy:「そこまでのめり込む時間をどうやって捻出したのか?」って聞こうと思ったけど、その年齢で学校に通ってなかったら時間はいくらでもあるわな(笑)ルービック・キューブの大会とか出るようになって、その後どうやって英語を習得したの?

Brian:そこから何が起こったかと言うと、英語の動画ばかりを毎日ひたすら見ていたから、自分も英語で考え事するようになっていることに気がついたんだ。そこで「めっちゃクールじゃん」と思った。

Big Boy:凄い。最初はバハサで考え事してたのに、徐々に英語で考えるようになったのか。もしそのときに全然違うものを見てたら、道を踏み外してる可能性もあったよね。

 

教育が止まってしまった彼は、なんと独自でYouTubeで様々な動画を漁り始めたのだ。そのなかで、彼がハマったのがルービック・キューブであった。実際に動画を見るだけではなく、彼は自分でもルービック・キューブを解けるようになり、外の世界に飛び出て、大会に出るまでの行動力を見せている。10歳頃から英語の動画を毎日ひたすら見ていたため、いつの間にか考え事も英語するようになっていたのだ。単に見ていたのではなく、「理解をして知識を取り込んで、ルービック・キューブに活かしたい」という想いが実ったのかもしれない。そんな彼は徐々にヒップホップの世界に入るようになる。

 

Brian:最初はマックルモアの「Thrift Shop」を聞いて、「これめっちゃキャッチーだな」って思ったんだ。

Big Boy:それ以前は何を聞いてたの?

Brian:それ以前はそもそも音楽を聞いてなかったんだ。情報の多くはTwitterから得ていて、タイムラインでドレイクが話題になってたことから彼を知った。当時はドレイクを「ダサい」と言うのがイケてるみたいな風潮がまだあったときだった。でも彼の「Started from the Bottom」を聞いて「皆ダサいって言ってるけどめっちゃカッコいい」と思って、そこから2Chainzの「Birthday Song」とかを聞いたんだ。

Big Boy:凄く興味深いのは、人によって本当に「ヒップホップとの出会い」って違うんだよね。若い子たちが皆違うルートでヒップホップをピックアップして、ヒップホップを人生の重要な要素として重宝している。

 

「ヒップホップと居場所」というテーマで考えると、Rich Brianはまさにヒップホップによって居場所を与えてもらい恩恵を受けている人物であろう。そもそも居場所どころか、何も提供されていないなかで、彼は独自に「夢中になれるもの」を見つけて、極めたのだ。さらに彼は、ツイッターにてLA在住の人であったり、ビートを作っている同年代と繋がり、実際に彼らとのやり取りは音楽でのバズりにも大きく貢献している。

実際に彼の事例からわかることは、「学校教育なんて必要ない」ということでは全くない。むしろ彼の事例をそのまま当てはめれば、恐らく多くの人にとっては「将来の可能性とそのドアの数」を減らすことになるだろう。学校教育は型に当てはめるシステムになってしまっているかもしれないが、その「興味があるキャリア」に繋がるドアの数を増やすために、幅広く様々なことに興味を持たせるのが、義務教育の本来の目的の一つでもあると感じる。しかしRich Brianは、学校という場所がなくても、自分が開けたいドアを早くから見つけることができている。彼の事例から学べることは複数ある。

 

のめり込みと、適材適所

そのうちの①つは、「のめり込み、真剣になれる」強みである。彼は「自分が興味があること」だけをトライアル・アンド・エラーをすることができたため、のめり込んだときの力の発揮っぷりとスピードが半端なかったのだろう。また、「なにもしなくていいんだ!」ではなく、興味あることを見つけてとことん調べ、それを取得しようと実際に努力している。何気なく動画を見るのではなく、何かを得ようとする心意気が、彼の興味を「キャリア」にさせたのだろう。

②つめに関しては、「居場所」は人によって全く違ければ、様々な適材適所がある、ということである。彼の親が「ルービック・キューブなんてやるな」や「ヒップホップなんてやるな」と彼に「制限させる」方針の人であったとしたら、彼は自分の居場所を見つけることはできなかっただろう。むしろ、特に何もスキルを持っていない人になっていても全くおかしくない環境である。そんななか、彼は「普通」とされている道とは全く違うルートで、最大限の効果を発揮できている。彼は自分の適材適所を見つけることができており、既存のシステムが自分にとって適所ではなかったとしても、様々な「興味」に対して真剣に取り組んでみれば自分の適所を見つけることができる、ということを示している。もちろん既存のシステムが適所のも人もいるので、①にも関連してくるが、この「興味があることに真剣に取り組める」環境を作ることが重要であり、これが成長の本質的な要素なのだろう。

 

実際に彼がここで語った経歴がどこまで本当で、どこまで盛っているのかはわからないが、彼がインドネシアから「興味/知的探究心」を最大限使用した努力で、世界的スターになったことは確かである。実際に行動が噛み合い、結果的に「運/タイミングが良かった」という要素もあると思うが、「知的探究心を掘ることができる時代/技術的な基盤」と「その探究心を邪魔する要素がない環境」がRich Brianの成功を構成する要素であろう。彼は「教育」は受けることはできなかったが、上記の「成長の本質」にも関わる要素が備わっていた。(恐らく幼少期からその要素が備わっていることは滅多にないため、学校というシステムが存在しているのかも?少し切り口が違うかもしれないが、Rich Brianの事例を見て、とんねるずの木梨憲武氏がラジオの相談コーナーで話していた回を思い出した)

興味があることを調べ、何かを得ようと真剣に取り組む。そして実際に実行してみる行動力。コミカルなイメージで活動しているRich Brianだが、彼の成功はただのギミックではないことが伝わってくる。

Chance the Rapper、Noname、Sminoなどを担当したグラミー受賞エンジニアElton Chuengと語る。シカゴ・ヒップホップの事例から学べること。

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