Will Smithがどのようにして俳優に転向するチャンスを掴んだかを語る。気迫溢れるQuincy Jonesから学んだ「モーメント」の重要性

 

 

チャンスを掴む

というテーマで、今までPlayatunerではいくつかの記事を書いてきた。Mobb Deepがレーベルの外に待機してQTipに話しかけた話であったり、Fabolousがとあるラジオのフリースタイルに全力を注いだ話を紹介してきたが、このようなエピソードはいつ見てもインスピレーショナルである。

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このように「カムアップ」し、軌道に乗れば安定だと思う方もいるかも知れないが、恐らく人生はカムアップの積み重ねなのだろう。それを積み重ねることにより、「スーパースター」になった例を紹介したい。タイミングを大事にし、機会を掴んだのが、今ではインターナショナル・スーパースターのWill Smith(ウィル・スミス)である。

元々はラッパーとして有名になり、その後映像スターになった彼がどのようにしてその機会を掴んだか?Will Smithの公式YouTubeチャンネルにて、そのエピソードを語った動画が公開されているので、紹介をしたい。

彼はラッパーとして売れた後、「The Fresh Prince of Bel-Air(ベルエアのフレッシュ・プリンス)」というNBCシットコムの主人公に抜擢され、俳優としてのキャリアもスタートさせている。「フィラデルフィアで育ったやんちゃなフレッシュ・プリンスが、喧嘩に巻き込まれたことがきっかけで、カリフォルニアの高級住宅街、ベルエアに住む叔母さん家族の家に移り住むことになる」という内容のシットコムであるが、この番組のおかげで彼の落ち目のキャリアは再建されたのだ。そんな彼はこのようにチャンスを掴んだ。

 

Will:俺とJeffはスマッシュ・ヒット「Parents Just Don’t Understand」をリリースし、金持ちになって、グラミーも受賞した。アルバムは3×プラチナ認定された。俺はバイクや車を買って、アトランタのGucciストアに「友達と行ったら貸し切りにしてもらえる?」とか電話するようになってた。今では笑えるけど、相当アホなことだ。

しかし次のアルバムが失敗だったんだ。ダブル・プラチナではなく、ダブル・プラスチックって感じだったよ。俺はほとんどのお金を使い果たしてた。税金を払わないぞ!って意志があったわけではないけど、税金を払えなかったんだ。だからIRSは俺が持っていたバイクや車などの財産を没収して、俺は完全にお金を持っていない人になってしまった。

 

2ndアルバム「He’s The DJ I’m the Rapper」に収録されている「Parents Just Don’t Understand」で大ヒットを記録し、一躍大スターとなったDJ Jazzy JeffとWill Smith。Willは当時19歳であったため、税金のことを考えずに、使い果たしてしまったらしい。税金の支払いに失敗した彼は、IRSに車などの財産を没収されてしまったと語る。

 

Will:有名で、貧乏って最悪のコンビネーションなんだ。だってまだ知名度はあって、人々に気が付かれるんだけど、気が付かれるシチュエーションが普通にバスに乗ってたりするときなんだ。そういうときに「これにサインして」と頼まれるものは、ヤバいものばかりなんだ。「わー私の赤ちゃんにサインして!」とか。「えぇ…これマーカーだし赤ちゃんにはサインできないよ…」って伝えたら、「大物になりすぎて私の赤ちゃんにサインできないってか?気取ってんの?」とか言われたこともある。まぁだから赤ちゃんにサインしたんだけど。

 

「有名+貧乏」がいかに最悪のコンビネーションかを語った。300万枚売るレベルのラッパーが、公共機関に乗っていると、やはり多くのサインを求められる。サインしたものの中でも印象的だったのが赤ちゃんだったと語る。(赤ちゃんにサインしちゃ駄目)そんな彼の人生を変えるきっかけとなったのが、当時お付き合いしていた女性の存在である。そんな彼女の助言を聞いたWillは、非常に面白いシチュエーションに巻き込まれる。

 

Will:当時の彼女に「このまま毎日家にいるだけだとヤバいよ!何かしてきなさい!」って言われたんだ。俺は「何かってなんだよ!」って答えた。

彼女「なんか人が集まって、色々やってる場所に行きなさいよ!」
Will「どこで色々やってるんだ!?」
彼女「アーセニオ・ホール・ショーに行きなさいよ!」
Will「アーセニオ・ホール・ショーに行って、その辺に突っ立ってろってか!?」
彼女「そうよ!」
Will「そんなのアホだろ!」

(アーセニオ・ホール・ショーはコメディアンのアーセニオ・ホールによる人気トーク番組)

だから俺はアーセニオ・ホール・ショーに行ったんだ。

 

彼は彼女に言われるがまま、特に考えもなくアーセニオ・ホール・ショーに行ったらしい。そこで彼はBenny Medinaというワーナー・ブラザーズのA&RのVPに出会ったのだ。その出会いが全てを変えることになった。

 

Will:俺はBennyに出会って、彼は番組のアイディアを俺にピッチしてきたんだ。俺は俳優じゃないし、「そっか。クールだね」という感じだった。そこで彼は「Quincy Jonesと一緒に番組をプロデュースするから、Quincyを紹介したい!」と言ってきたんだ。

そして俺はQuincyの家に招待をされ、俳優、アーティスト、政治家などの著名人に囲まれた。まるでコスチュームのない「The Wiz」のようだった。Quincyは「君のMVを見て気に入ったよ!君のラップネームはなんだっけ?」と聞いてきたから、「俺はThe Fresh Princeって呼ばれてる」って答えた。そしたら彼は「いいね!番組の名前はそれで決まりだ!」といきなり番組の名前を決めたんだ。

彼はボツになったパイロット版の台本を渡してきて、「今から家具を全部片付けるから、10分ぐらいこれを読んだら、全員呼んでオーディションを開催しよう!」と言ってきたんだ。彼の家には家具を動かす人たちがたくさんいて驚いた。

 

なんとあのQuincy Jonesを紹介され、彼の家に訪問したWill Smith。そんな彼を待ち受けていたのは、数々の著名人たちであった。そんななか、Quincyがガツガツ前に進め、番組の名前も決まってしまった。それだけではなく、なんとその場で台本を読み、いきなりオーディションを開催すると言うのだ。そんな事態に巻き込まれたWillはさすがに彼を止めた。

 

Will:俺は演技なんてやったことなかったし、準備もできてないから「Q、ちょっと待って…準備ができてないよ」と伝えたんだ。Quincyは「何が必要なんだい?言ってごらん」と言った。

Will「一週間ぐらい時間がほしい」

Quincy「あーそうだね。一週間あるといいね。今ちょうどNBCの代表のBrandon Tartikoffがいるだろ?彼に来週のスケジュールを伝えておくよ。そしたら何が起こるかわかるか?予定していた日に、何か大事な用事が入って、リスケしないといけなくなるんだ。」

Will「あぁそうか…んじゃ3週間後とかは…?3週間後とかならいけるよね?」

Quincy「あーそうだね!3週間後でもいいね…

それか腹をくくって今から10分やり遂げて、この10分で人生の全てを変えるか?

Quincyにこう言われて、俺は「どうにでもなれ…やってやるよ…!」となったんだ。俺はオーディションを最後までやり遂げて、拍手が起こった。QuincyはNBCの代表に、俺の演技を気に入ったかを確認し、その場で彼の弁護士に「おい弁護士!今から契約書を作るんだ!」と伝えた。俺は「Quincyレベルになると他人の弁護士にも命令するのか…スゲェ」と思ったんだ。

まぁQuincyはその日酔ってたんだけどね。弁護士たちは外に駐車してあるリムジンの中で、番組の契約書を作っていたんだ。Quincyは窓から弁護士たちに「分析しろ!でも停滞するな!」と叫んでいた。この人はどうやってこんな感じで「Thriller」を作ったんだ?と疑問に思ったよ。

このストーリーから学べることは、「機会は引き受けること」と「彼女の言うことをちゃんと聞こう」ということだ。Haha。

 

Willは演技の経験がなかったため「台本を覚え、オーディションに参加するまでに1週間ほしい」とQuincyにお願いしたのだ。しかしQuincyは、その「モーメント」と機会の力を信じている人だったのだろう。NBCの代表や、ここまでの業界人が一箇所に集まっている機会はそうそう実現しないということを知っており、一回その「瞬間」を逃してしまったら、次いつその機会が周ってくるかわからない、ということを重々に承知しているQuincyの言葉は非常に印象的である。

先延ばしの連続になる可能性があるなか、そのリスクを取るのか?「腹をくくって今から10分やり遂げて、この10分で人生の全てを変えるか?」と言うように「自分が上手くできないかも知れない不安」に対してリスクを取るのか?どちらのリスクがチャンスを掴めるかということを考えさせられる。Will Smithの演技力もあり、Quincyの真似からも彼の気迫が伝わってくる。

Qの「幼い頃はギャングスターになりたかった」という発言について書いた記事でも紹介したが、彼のこの名言もこの記事で紹介したい。

12〜13歳の時に作曲を始めて、目から血が出るまでピアノを弾いたよ。何故なら、成功するためには準備が必要なんだ。私の中にあった唯一の恐怖は、その機会を逃してしまうことだったからね。フランク・シナトラから突然電話がかかってきた時でも大丈夫なように、必要なものをすべて整えておきたかったんだよ。準備は常に万端じゃないと。

そう、彼は単にその機会とタイミングの重要性を説いているだけではなく、「その機会がいつ訪れてもいいように、準備しておく」ことの重要性を語っているのだ。もちろん人間はそんなに上手くできていないので、「あー実力不足だった〜チャンス逃した〜」というシチュエーションも多くあるだろう。しかしA-Trakが語っているように、「逃しても、次のチャンスのために動き続ける」ことが重要なのだろう。彼も何度もチャンスを逃し、その度に前に進んできた。逃したというよりは、その機会をバネにして次に繋げるということなのだろう。今回のWill SmithとQuincy Jonesのエピソードを見て、Quincyがいかにして「今」から繋がる「未来」を見据えているか、そしてWill Smithがいかにその哲学を学びスーパースターになったか、ということが伝わってきた。

下記のA-Trakの記事も非常におすすめである。

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