他界したOhio Playersの創設者でありP-Funkの最重要メンバーの「Junie Morrison」彼のヒップホップにおける功績

 

また一人ブラックミュージックレジェンドが去ってしまった

ファンク界において悲しい日である。弊メディアでも取り上げてきたOhio Players(オハイオ・プレイヤーズ)の創設者であり、初期マスターマインドのWalter “Junie” Morrisonが62歳で亡くなった。通称ジュニーは70年代ファンクのシンセの草分け的存在と言っても過言ではない。ボーカル、キーボード、ギター、ドラムなどを演奏するマルチタレントぶりはまさに「天才」であったと言える。

彼が作曲した「Funky Worm」でのシンセはまさにG-Funkに最も影響与えたシンセフレーズであり、さまざまなヒップホップアーティストにサンプルされてきた。G-Funkファンであれば彼の功績に感謝しても感謝しきれないであろう。

 

1974年にOhio Playersを脱退してからはジョージ・クリントンのP-Funkに参加をし、「One Nation Under a Groove」「(Not Just) Knee Deep」などの名曲から「Motor Booty Affair」 「Gloryhallastoopid」などのアルバムにも参加してきた。特に上記2曲における彼の功績ははかり知れず、これらもヒップホップに多大な影響をもたらした。P-Funkファンでなくとも、Knee DeepのフレーズはDe La Soulの「Me, Myself, and I」やDr. Dreの「Fuck wit Dre Day」で聞いたことあるだろう。彼の楽曲、変態的天才とも言えるシンセのフレーズは今までにはないものであり、ファンク以外のジャンルにも影響を及ぼした。

P-Funkといえばジョージ・クリントンにばかりフォーカスが当たるなか、彼のP-Funk内の功績は過小評価されがちだと感じる。彼のブラックミュージックにおける功績をもう一度再確認してほしいと感じる。彼の作ったファンクの世界観は亡くなった後も永遠に語り継がれるであろう。Rest in Peace Junie.