事故で声を失った西海岸レジェンドThe D.O.C.「自分の声を見つけた」人生に打たれても前に進み続ける力

 

 

西海岸ヒップホップ

で語る上でN.W.A.とRuthless Recordsの存在は欠かせないだろう。そんな彼らEazy-EやDr. Dreのラップの裏にはIce Cubeだけではなく、The D.O.C.の存在があった。1989年にリリースした彼の1stアルバム「No One Can Do It Better」は西海岸のクラシックとなり、西のMCとしてのポジションを確立した。しかし彼はそのアルバムをリリースした5ヶ月後に、交通事故にあい、声を失ってしまったのだ。

今では喋れるものの、以前の声は出すことはできなく、かなりラスピーな声で喋っている。ラッパーにとって、自分の声が出せなくなるというシチュエーションほど辛いことはないだろう。The D.O.C.の自分の声に対しての見解を紹介したい。

 

➖最近、あなたの声が戻ったという噂を聞いたのですが、本当ですか?

D.O.C.:なんとか調整すれば、昔のトーンはできなくはない。でもまだ痛いし、難しいんだ。今ではこっちのガラガラの声のほうが自然に感じるんだ。この声から逃げ続けることに疲れたし、自分が今使える「この声」を受け入れたいんだ。昔の声を渇望するのではなく、この声と向き合い、この声になった目的を探したい。

 

彼は昔の声を出すことはできるが、今の声から逃げ続けることに疲れたと語っている。自分がこの声になった目的を探し、この声も受け止めたいと語る彼からは、今までの辛さを乗り越えた清々しさや凛々しさも感じる。ネガティブなエネルギーをポジティブに変え、前に進み続ける彼の姿からは勇気をもらえる。さらにクラシック「Nobody Can Do It Better」についてこのように語った。

 

D.O.C.:あのアルバムは実質3週間ぐらいで完成したんだけど、フリースタイルだらけだったんだよね。皆がツアー中じゃないときに作業した感じで、全然大変な作業じゃなかった。実際によく聞くと、あのアルバムでは「俺は凄い」ってこと以外は言ってなくて、当時は自分がどんな存在になるかとかもわからなかった。わかっていたことは、自分のなかで「俺は凄い」ってことだけだった。

 

なんとあのアルバムは実作業時間が3週間ほどだけだったらしく、さらにはほぼフリースタイルでできた作品らしい。これだけでも彼がいかにMCとしてのスキルフルであったかがわかる。このインタビューでわかったのは、彼のポジティブさである。あの大変な時期や環境を乗り越えてきた彼からはエネルギーが湧き出ていると感じる。

自分の「新しい声」として声を擁する姿や、それの目的を探すために乗り越えた彼を見ているとなんとなくロッキーでシルベスター・スタローンが息子に伝えたこの台詞を思い出す。

この世界は綺麗なものばかりではない。辛辣で汚い場所だ。自分がどれだけタフでも、ひざまずくまで打たれるし、自分が許す限りはそこから抜け出すこともできない。俺もお前も、”人生”ほど強く打つことはできない。でも人生はどれだけ強く打つかではない、どれだけ強く打たれても前に進めるかだ。そうやって”勝利”はできあがるんだ!

実際ここまで強く生きることができる人はなかなかいないと感じるが、上記のThe D.O.C.のインタビューを見ていて、この言葉を思い出した。 是非彼には今後も「The D.O.C.の新しい声」に誇りを持って活動してほしいと感じる。

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ライター紹介:渡邉航光(Kaz Skellington):カリフォルニア州OC育ちのラッパー兼Playatunerの代表。umber session tribeのMCとしても活動をしている。

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