何故このラッパーのリリックは刺さるのだろうか?【Jedi Mind TricksのVinnie Paz編】

 

 

リリックを評価

するとき、人によって基準となるポイントの比重は違うであろう。言葉遊び、メッセージ、韻の踏み方、ボキャブラリー、韻の難易度など、様々なポイントがある。これらのポイントを組み合わせ、自分の好みのスタイルのリリックを見つけていくのがヒップホップファンの楽しみの1つであろう。

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そんななかで、私が非常に重要視しているポイントがもう一つある。それは「Emotional Depth(感情の深さ)」というポイントである。実際には「メッセージ」と近い箇所にあるポイントであるが、この「Emotional Depth」がある作品が自分の心に刺さるのだ。「Emotional Depth」は、そのリリックやラップから漏れ出るアーティストの感情を表している。

個人的にEmotional Depthを出していると感じるラッパーの一人がJedi Mind Tricks(ジェダイ・マインド・トリックス)のVinnie Paz(ヴィニー・パズ)である。日本での彼らの知名度がどれほどなのかは確かではないが、個人的には90年代後半〜2000年代のアンダーグラウンドヒップホップを代表するグループだと思っている。1993年にフィラデルフィアにて結成され、現在はラッパーのVinnie Paz、トラックメーカーのStoupe、DJのKwestionの3人で活動しており、メンバーであったJus Allahは脱退している。彼らはインデペンデントにも関わらず、今まで45万枚ほどの売上を見せている。

そんなJedi Mind TricksのVinnie Pazのリリックはボースト以外には宗教、政治、戦争、陰謀論などの題材多く、楽曲もラップスタイルも非常にアグレッシブなものが多い。しかし個人的には彼が本領を発揮するのは、先程の「Emotional Depth」を追求している曲であると感じる。彼の「Emotional Depth」を感じることができる曲を紹介したいと思う。

 

Is Happiness Just a Word?

彼の曲のなかで最も気に入っているのが、この「Is Happiness Just a Word?(幸せはただの言葉なのか)」という曲である。この曲は彼が抱える「離人症性障害」という症状についてラップした内容となっている。この離人症性障害とは現実感を喪失し、自分の存在を感じられなくなる症状らしく、彼の心のなかで起こる感情を表現している。彼自身が抱える症状についてラップしながらも、様々な問題を抱える人々が共感できる内容となっている。そのなかでも響くリリックを紹介したい。

My family don’t understand what I go through
Under diagnosed for 20 years, ain’t never broke through
You ever been in such a fog you don’t know you?
Never being able to do the shit you’re supposed to?

家族は俺が抱える問題を理解していない
20年間この症状を抱え、一度も打ち勝ったことがない
霧が濃くて自分が自分のことを理解できない状態になったことがあるか?
自分がやるべきことをできない状態で

My head don’t work, the meds don’t work
But I don’t want to be dead, dead don’t work
Sleep’s the cousin of death, the bed don’t work
Maybe I’d rather be dead; dead don’t hurt

頭が動かない、薬が効かない
でも死にたくはない、死も効かない
眠りは死の従兄弟だ。ベッドも効かない
もしかしたら死んだほうがいいのかもしれない。死は痛まない

Why would you tell a person that they were childish
Without an understanding of the pain that they surround in?
I always feel foggy somatic detatchement
It’s like my body isn’t connected to actions

なんで「大人げない」とか「甘えてる」とか言えるんだ
その人が抱える痛みを理解できないのに
細胞が剥がれていくようにも感じる
体が自分の行動を紐付いていないかのように

この曲では彼の症状について詳しくラップしており、どのように感じるか、という暗い内容となっている。しかしこのような内容は彼の「経験」であり、彼はラッパーとしてその経験と向き合い、世の中に伝えることを選んだのだ。その結果、同じ症状を持っていない私のような人にも刺さる内容となっており、人の痛みを理解することの難しさ、そして痛みを人に伝える「強さ」を教えてくれている。まさに自分の内部からくる「Emotional Depth」である。

 

Keep Movin’ On

この「Keep Movin’ On(進み続けろ)」という曲は、3人の人物を題材に、一人一人の問題を語っていく。最初のヴァースでは不景気により工場での職を失い、家族で住んでいるアパートからも追い出されてしまった人。2ndヴァースではイタリア人ラッパーとしてなかなか音楽活動が上手くいかない自分。3rdヴァースでは学費を得るために軍隊に入ったが、足も職も失ってしまった人。そして彼らに「進み続けろ」としか言わない職場/業界/政府についてラップをしている。「自分はどこで道を間違えたのだろうか?」と自問自答する彼の言葉は、現在何かしら辛い想いをしている人に刺さるであろう。これも自分の「経験」を向き合い、感じたことを率直に伝えているから、刺さるのであろう。

Razorblade Salvation

この曲は「Before the Great Collapse」という曲の続きとして、Jedi Mind Tricksがリリースした曲である。「Before the Great Collapse」では、母に「生きる糧を失った」と伝えているが、この「Razorblade Salvation」では「甥や姪が俺を必要としてくれている。俺は自分が成長できるか見てみようと思う。」と語っている。この曲の素晴らしいところは、彼が問題を語りながらも、サビのShara Wordenが別視点で彼の心配をしているところだ。サビとブリッジのリリックが第三者視点からのストレートな言葉となってる。

If I could take your pain
I wish that I could wash it all away
If you only knew how I’m feeling
もし私があなたの痛みを取り除けるとしたら
全てを洗い流すことができるとしたら
あなたに対しての想いをあなたが知ってさえいれば

You’ve been running around for so long
You’ve been hurting yourself too much
You keep messing around with darkness
You’re the one who’s losing
あなたは長い間走り続けた
あなたは自分を痛めつけてきた
いつも闇と関わってばかりだった
負けているのはあなた。

このブリッジとサビでは、心配している第三者の視点で語られてる。いつもは自分が強いというラップをしているが、「負けているのはあなた」と現実を突きつけつつも、一人ではないと語っている。これも以前Playatunerにて説明した「多重視点」の法則に当てはまる曲であると感じる。このように別視点で、感情を出すことにより、より多くの人に自分の感情を共感させることができるのだ。

 

このようにしてみると、Vinnie Pazの「Emotional Depth」というものは素晴らしい。リリックの評価で言ったら、特別難しい言葉を使用しているわけではないが、心に刺さるリリックを披露してくれている。これは恐らく彼自身が「心の深淵」を覗き込んでおり、自分の弱みや問題を向き合っているからこそ書ける内容である。世の中の大半の人たちは、心の奥に潜む弱み/問題を無視をして、あるいは気づかずに生きている。しかしそこを徹底的に向き合うことにより、「刺さる」リリックを書くことができているのだ。これは彼に限らず、ケンドリック・ラマー、エミネムなどにも言えることであると感じる。エミネムの「Rock Bottom」などはまさにそれを表している。

歌詞を聞いたとき、私がまず疑問に思うのは「あなたは本当に心の奥と向き合ってそれを書きましたか?」ということである。世の中には、「なんとなくこんな感じでしょ」というテンションで書いた歌詞が溢れている。しかし決してそれが悪いことだと言っているわけではない。ときにはそのようなリリックも必要であり、全てはバランスなのだ。

エミネムとケンドリック・ラマーが共感される理由を考える。ストーリーテリングと多重視点

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