Anderson .Paakの軌跡PT.1 〜ホームレスからスターへ〜

Writer: 渡邉航光(Kaz Skellington)


 

ドレーのアルバム「Compton」に6曲フィーチャーされたアンダーソン・パーク

2015年に突如注目を浴びた彼がどのような人物で、何故こんなにアメリカのブラックミュージックファンに期待されているのかを知らない方も多い。あのDr. Dreが「こいつが音楽の未来だ!」と言うほどである。その中で彼が完全に超有名大スターになる前に彼についておさらいしたいと思う。

〜妻子持ちホームレス生活からの復活〜

 

Breezy Lovejoyとして活動


 

Anderson .Paakは1986年カリフォルニア州オックスナード生まれ。黒人と韓国人の間に生まれたアンダーソンは、10代の頃にドラマーとして音楽活動をはじめた。音楽活動を本格化する前はカリフォリニア州サンタ・バーバラにあるマリファナ農園で働いていたが、突然の解雇により妻と幼い息子と共に一時ホームレスになってしまった。

その時にSa-RaというLAのヒップホップグループのメンバーのShafiq Husaynのアシスタントとして雇われ、経済的に彼に助けられたのである。彼のおかげで生活を取り戻し、この事がきっかけでLAの音楽シーンと密接に関わるようになった。ちなみにSa-Raは90年代に結成されたプロデューサーユニットで、今までにHeavy D, Bilal, Dr. Dre, Jill Scott, Erykah Badu, Frank Ocean, Fonzworth Bentley, Jay-Z, John Legend等のアーティストの楽曲もプロデュースもしている。

2011年にAnderson .PaakはBreezy Lovejoy名義でO.B.E Vol.1を完成させ、ドラマーとしての活動もLAのシーンで目立つようになったのだ。(追記:この頃の話はFlying Lotusとの対談でも話している)

 

ドラマー & ラッパー & シンガー

アンダーグランドで名前を売る


上記はLAの人気ラッパーDumbfoundeadのドラマーとして活動している動画である。

さらにドラマーとしてだけではなく、ラッパー、シンガーとしてもDumbfoundeadの曲にフィーチャーされLAの音楽シーンにて知名度を上げていった。下記の動画ではサビを歌いながらも2ndヴァースでラップをしている。

2014年、第一のターニングポイントがあった。それは本名への改名だ。元々Breezy Lovejoyという名前で活動していたが、その時は様々な活動をしており、常に音楽をやっているわけではなかった。その頃から音楽中心の生活に変わり、朝起きてスタジオに行き、帰宅して子育てや家事をやるという「音楽中心の生活となるターニングポイント」になるように改名したとインタビューで語っている。

 

2014年にAnderson .Paakとしての1st アルバム「Venice」を発表


このアルバムがAnderson .Paakとしてアイデンティティを少し定義付けた作品であろう。声から漏れ出す野生感、ファンキーだけどどこかチルいカリフォリニアのビーチを感じさせるビート。実際にアルバム名VeniceはLAのストリートカルチャーの中で大切な役割を持つビーチ町の名前である。そしてこのアルバムをリリースした後に彼の人生最大の転機とチャンスがやってくる

〜Dr. Dreとの出会い〜

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