DiddyがNotorious B.I.G.の「Life After Death」について新事実を語る。

 

90年代を代表するヒップホップアルバム

と言ったら何を思い浮かべるだろうか?個人的には「The Chronic」「Doggystyle」「All Eyez On Me」「Hard to Earn」などがパッと思い浮かぶが、もちろんNotorious B.I.G.の「Ready to Die」と「Life After Death」もそのリストに入っている。特に「Life After Death」はビギーが亡くなってからわずか2週間後に発売されているのもあり、ファンの間でも伝説のアルバムとなっている。

そんな「Life After Death」に関して、ビギーと90年代を駆け抜けたバッドボーイのCEO/プロデューサー、P. DiddyがRevoltTVにていくつかの新事実を語っている。先日Dame Dashが「ビギーはロッカフェラに入るはずであった」という新事実は語っていたが、P. Diddyが語る新事実も紹介したい。

 

プリンスに共演オファー?


Diddy: 俺らはプリンスと会って、共演できないかを頼んだ。マイケル・ジャクソンとビギーが「This Time Around」で共演した頃で、俺らはプリンスの大ファンだったんだ。でも当時プリンスはあまりヒップホップに共鳴していなくて、サンプリングもさせないような感じだったから、共演には至らなかったよ。

でも俺らは常にプリンスと仲は良かったから、最終的には俺はプリンスの曲をサンプリングしたし、彼もそれに対して怒ったりはしなかったよ。

そこからしばらく経って考えが変わったのか、俺らがやってることを「誇りに思ってる」と言ってくれたんだ。ヒップホップにおいて「ビッチ」とかの悪い言葉に関しての議論があった時期に、彼は自分の作品を守るためにも、サンプリングに関しては結構厳しくしていたんだ。

 

なんとDiddyはプリンスとビギーのコラボを企てていたと語った。マイケル・ジャクソンとビギーのコラボは実現をしたが、もしビギーが生きていたら後々プリンスとの共演を見ることができたかもしれない。タリブ・クウェリがプリンスについて語ったエピソードからもわかるように、プリンスはギャングスターラップなどの過激な内容にかなり敏感だったようだ。

 

ビギーのスランプ



Diddy: ビギーがスランプに陥って、一時期作業をしなくなったことを知ってる人ってあまりいないと思うんだ。彼はアイディアに困っていて、そのスランプは半年ぐらい続いたかな?その時期に彼はトラブルに巻き込まれるようになって、交通事故にもあったりもした。全てが良くない方向に向かっていた。

俺はビギーと一緒になって「このままだと全てが台無しだぞ」って説明したんだ。多分彼がスランプを脱したのは、俺が他のプロジェクトに集中しはじめてからかな?当時はメアリーJブライジのリミックス・アルバム、The LOX、Maseなどのプロジェクトで色々やってたから、そうやって色んなものを聞くにつれ、ビギーは「起きた」と感じるね。彼にとってゲームを再会する時間だった。

Life After Deathは間違いなく名作なのだが、なんとビギーは製作中にスランプになっていたのだ。半年続いたスランプを抜け出すきっかけは「他のアーティストの作品」であったとDiddyは語る。やはり「俺が一番良いものをつくる」という闘争心が湧き上がったのかもしれない。「もしビギーがプリンスとコラボしていたら?」「もしビギーが早急にアルバム制作を終わらせてたらどのようなものになっていたのだろうか?」という疑問が浮かび上がる内容のインタビューとなっている。