ケンドリック・ラマーが製作中の新アルバムについて語る。どんなコンセプトなのかを考えてみた

 

多大なインパクト

を残したケンドリック・ラマーの「To Pimp A Butterfly」。グラミーのアルバム・オブ・ザ・イヤーは受賞しなかったものの、彼のアルバムは間違いなく2015年のベストアルバムであったと感じる。時代の混沌のなかに見える一つの光でもあり、彼が長年感じてきた問題を露わにした作品でもあった。このアルバムに救われた人は数え切れないだろう。

そんな彼の新アルバムが2017年にリリースされるとされているのだが、彼は The New York Style Magazineにてこのように語っている。

 

ここ数ヶ月の間に起こったできごとを考えてみると、俺のフォーカスは最終的に自分の「コミュニティ」に還元し、さらに「土台作り」に勤しんでいる世界中のコミュニティにも目を向けることなんだと思う。

To Pimp a Butterflyは起きている「問題」を指摘したものであった。今はもう問題を指摘するフェーズではないと感じる。俺らは人生/生命において「神」という大きな存在の話題を除外したがる時代に生きている。それは「神」という存在が、今世界で起きている政治/政府の問題とまるで「矛盾」するかのような感じがしてしまっているからだ。

 

問題を指摘した後にアウトプットとして、彼は「神」というコンセプトを挙げた。ここでChance the Rapperの流行りに乗るのか?と言いたくなる気持ちもわかるが、ケンドリックは今まであまりフォーカスされていなかったものの、様々な曲で「神」についてラップをしてきた。GKMCのイントロもまさに神に罪の告白をするフレーズからはじまる。さらには「記者の娘」を例に、アルバムがどのような存在かを答えた。

 

少女を例にとると、その少女が大人になっていく様子を受け入れることと似ていると感じる。もし自分に娘ができたとき、その娘がいずれは大人になり、男性との関係を俺に告げるだろう。それはもしかしたら男性にとってあまり聞きたくない感覚かも知れないが、男はその事実から逃げずに受け入れることを学ぶ必要がある。次のアルバムはそれに似た感情を込めたい。

 

私が彼の意図を理解できているかは難しいが、「逃げずに受け入れる」というところが肝だろう。自分が今まで見てきたもの、信じてきたものはいずれかは自分の理想から離れていく。理想から離れたときに、それに対してどのように行動するか、ということが次のアルバムにて伝えたいことなのかも知れない。現代に蔓延る問題や好ましくない状況に、どのようにマインドセットで臨めばいいのか、ということを「神」に関連した作品として落とし込むのだと感じる。