波紋を呼んでいるSnoop Doggがトランプを撃つMVの意図を徹底的に考察してみた

 

トランプ×ヒップホップ

トランプとヒップホップの関係性は悪化するばかりだ。反トランプのヒップホップアーティストと言ったらYGがまずは思い浮かぶだろう。しかし声を挙げたのはYGだけではない。

BADBADNOTGOODがSnoop Doggをフィーチャリングした「Lavender」リミックスのMVにて、Snoop Doggはとある表現をしている。それはトランプっぽいピエロをSnoop Doggが銃で撃つ描写である。撃ったら「Bang!」と書いてある旗が出てくるだけなので、実際には「過激な描写」ではないのだが、こちらが物議を醸している。このMVに込められた意図が「反トランプ」ということは簡単にわかるが、その意図をさらに深く考察してみたい。

MVに対してドナルド・トランプの弁護士/広報担当者であるMichael Cohen氏は「恥辱的だ」と発言しているが、まずはMVの流れを少し確認しよう。最初のパートではピエロ家族の描写が出てくる。そこ注目すべきなのは家族の冷蔵庫に貼ってある「支払期限のすぎた税金支払書」である。この描写からこの家族はあまり裕福な環境でないことが理解できる。朝ごはんを食べている食卓では息子が行儀悪くしているにも関わらず、お父さんは何かに疲弊している感じが見受けられる。息子が遊んでいたおもちゃの銃を取り上げ、鞄に入れるのだ。

次のシーンにはこちらのお父さんが通勤中にジョイントを吸っているように思えるのだが、ピエロ警察に止められ、悪態をつく。荷物を確認させるために鞄を開けると、先程のおもちゃの銃が目に入り、ピエロ警察はピエロお父さんを撃つのだ。その様子をピエロ青年が動画を撮り、ネットで公開する。

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そこではじめてトランプっぽいピエロ「Ronald Klump」が登場する。様々なニュース番組で先程の「警察ピエロが無実のピエロを銃殺した事件」を取り上げており、スヌープ・ドッグはテレビを消す。その後に冒頭で説明したシーンに移るのだ。

 

スヌープとディレクターの意図


実際にスヌープがどのような意図でこのMVを制作したかは定かではないが、個人的には「リアリティ & 問題定義」を「全員がピエロ」という状況で表現しているのだと感じる。そのように感じる理由としてはいくかある。

まず1つ目のポイントは「冷蔵庫に貼ってある支払期限のすぎた税金支払い書」であるだろう。リアルで起こっている貧困をこのようにアピールしており、経済的弱者が抱える「貧困問題」を定義していることがわかる。さらにそのような経済的弱者が、偏見を持った警察によって「弱者」から「被害者」となるのだ。「力」によって押さえつけられ、被害者になるのは常に弱者だと語っているようにも思える。この「被害者」役が白人なのも、「人種」ではなくその人の「貧困/状況」が問題の肝になっていると提示しているのかも知れない。

そして2つ目は「事件をネタとして報道するメディア」と「それをチェックする人々」の関係でる。映像が世界中に流れ、皆がチェックをし、社会にて上記のような「問題」が起こっていることを外部の人達も知るが、それに対して誰も行動を起こさないことを表現しているのかもしれないと感じる。ただのニュースのネタとして消費されていることに憤りを感じているのか、スヌープはテレビを消し、「行動」を起こすためにおもちゃの銃を手に取るのだ。

そのように考えると、Snoop以外「全員がピエロ」という状況の説明がつくだろう。問題を知っておきながらも行動をしない社会、上辺の感情と欲求で動いている社会を「ピエロ」という表現で皮肉っていると感じる。

「子供たちに銃ではなくマイクを持たせたい」と語る彼が、映像のアウトプットとして、「銃」という表現を使ったのは、彼の憤りが最上級に達してしまったからなのだろうか。個人的には映像の最後で「トランプピエロ」が縛られているシーンで、スヌープが吸っているウィードを吸わせていたら「あぁ、スヌープだ」と安心していたところではあるが。

このMVにたいしてトランプ本人はこのように語っている。

キャリアにて失敗しているスヌープがもしオバマに銃を向けていたらどうなっていたと思う?逮捕だよ!

人種的な意味で言っているのは定かではないが、トランプは「このような表現をオバマ大統領にした人がいたらヘイトクライムで捕まるだろう」的な意味であろう。しかしスヌープの意図は人種ではなく、上記の問題を解決するどころか、理解をしていない大統領にたいしての意思表明だと感じる。ヘイトクライム、ディスリスペクト、問題提唱、アートとしての表現…このようなものの定義は曖昧なのでとても難しいところではあるが、彼のメッセージは「問題提議」であると個人的には感じる(そう信じたい)。