LAビートシーンのドキュメンタリーから見る「最先端」の音楽とLAという土地。MNDSGN、Daedelusなどが語る。

 

 

LAのシーン

は一概に説明できるものではないと感じる。90年代のギャングスタ・ラップから、ビートシーンまで、まさに音楽の「メルティングポット(人種のるつぼ)」のような場所である。以前Thundercatの「Drunk」にも曲を提供しているLouis Coleがやっているバンド「KNOWER」のインタビューをやったときに、彼らがとても印象的なことを言ってたことを思い出した。

「LAは他の場所から演奏しにくる人が多いのもあって、本当に色々な人が集まっている。」

様々なバックグラウンドを持った人たちがLAに集まり、活動をしているため、ある種の化学反応が起きていると感じる。そのなかでも2010年代を代表するLAのシーンと言ったら「ビートシーン」であろう。今でこそFlying Lotus、MNDSGN、Knxwledgeなどはシーンを超えて愛されているが、2013年時点でのショートドキュメンタリーが面白いので紹介したい。

このドキュメンタリーの名前は「Not a Beat, Not A Scene(ビートではない、シーンではない)」である。このドキュメンタリーを見ると何故このような名前になっているかがわかるが、アーティストたちが語っている印象的なフレーズを紹介したい。ドキュメンタリーはDaedelusのこのような発言からはじまる。

 

Daedelus:ビートシーンはシーンではないし、ビートでもない。誤った名称だよ。素晴らしい音楽に影響されすぎた、必死な個人たちを指す抽象的な概念だ。それはジャズかもしれないし、クラシカルかもしれないし、アンビエントかもしれないし、エレクトロニクスかもしれない。彼らの好きなものを混ぜ合わせた「想像上の音楽」を具現化したものだ。

MNDSGN:ビートシーンとか、名称はなんでもいいけど、とりあえず好きなものの要素を少しづつ取り入れ、くっつけた感じだよ。

 

ビートシーンと呼ばれるが、本人たちはシーンではないと語る。自分たちという意味で「We」という単語を使用しているので、実際には個人間でも何かしらの繋がりを感じていると予想ができる。しかしシーンではなく、単に個人個人が自分たちの感じた音楽をやっているだけなのだ。そして彼らはLAという場所について語る。

 

MNDSGN:なんでLAに住むことにしたかって?その答えはわからないけど、現に俺は今ここにいるからな。人々を引き寄せる、重力のような何かが、この場所にはあると感じる。毎日Tシャツと短パンで外に出れる気候ってのも良いよね。

Daedelus:LAはかなり多様なDJ/エレクトロニクスの文化があるんだ。例えば少し北や南に行ったところとは、全然違う世界がある。後はストーナーカルチャーが強いから、そういうレイドバックなものも多い。

Free the Robots:他の場所でもそうかも知れないけど、サンディエゴ、OCなどからも人が集まってくるし、本当に「メルティングポット(様々な人種/趣向性が集まった場所)」なんだ。そういう意味でも音楽においても、とてもオープンな場所なんだ。

Juj:ここまでカルチャーに多様性のある場所はないんじゃないかな。特に音楽をやる上では、シーンは凄く盛り上がってるから、多分毎晩どこかでイベントもやってるよ。

 

LAという場所について語る彼ら。LAはどのカルチャーをとっても、かなり多様性のある場所であり、そのため「オープン」な場所なのである。そしてLAのビートシーンに欠かせないクラブ「Low End Theory」に話題は移る。

 

Daedelus:今では世界的なシーンを引っ張る場所になってしまったけど、昔は50人ぐらいしか客がいない箱だった。当時は「これは世界的になるぞ!」という意識ではなく、単純に自分たちがかっこいいと思う音楽をやってるだけだった。

Juj:昔は23:30にLow End Theoryに行っても、外に列とかもなかったし、入っても30人ぐらいしかいなかったんだ。素晴らしかったね。

MNDSGN:Low End TheoryはLAに引っ越した当時に通い始めた箱だった。皆で集まって音楽を聞いて楽しむ感じだった。

 

Low Endにいくと、なんでも聞けるんだ。流れている音楽も多様性があったし、自室で音楽を作っているプロデューサーたちに披露の場を与えていたような場所だよ。今はそんな感じで出演できるような箱じゃなくなってしまったけど。国際的な注目を浴びているから、とてもユニークなサウンドをもっていないとあのステージに立つことはできないよ』この言葉がいかにLAのビートシーンが熱くなったかを表している。そして私が最も印象に残ったフレーズがこちらである。

 

皆のゴールは「とりあえず新しいものをつくる」ってことなんだと思う。もし既にやられているようなサウンドだったら「つまんねー」ってなるんだ。

 

このフレーズがLAビートシーンの全てを表していると感じる。「新しいもの」でなければ「つまらない」という感覚である。実際にLAからは日々「なんじゃこりゃ!」と言いたくなるアーティストが出てきている。Flying Lotus、Thundercatなどはとても良い例であろう。ここで思い出したのが、初期Flying LotusがStones Throwに所属できなかった理由である。彼は、最初はJ DillaやMadlibのような音楽を作っていたため、PBWから「もうJ DillaとMadlibはいるから似たようなアーティストはいらない」と言われてしまったのである。詳しくは下記の記事をチェックして頂きたい。

このように「後追い」をするのではなく、「自分にしかできないことをやる精神」を持っているカルチャーだからこそ「それを受け入れる精神」も備わっているのだと感じる。LAが常に「最先端」である理由はそこにあるのだろう。海外の「最先端」を追い、音楽をやることは、もはや既に「最先端」ではないのだ

Flying LotusはStones Throwでインターンをしていた。全ては「サイクル」になっていると感じる話

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