Ice Cubeがヒップホップと地域性について語る。彼が待ちに待っていた時代

 

 

ヒップホップと地域性

はヒップホップを語る上で非常に重要なトピックである。70年代にNYのサウス・ブロンクスで生まれたこのカルチャーは、米国内に限らず様々な地域に広がっていった。NYのヒップホップと言ったらブームバップ的なものを思い浮かべたり、LAのヒップホップと言ったらP-Funkから影響を受けた重いファンクサウンドやレイドバックなものを思い浮かべたり、アトランタと言ったらトラップのようなものを思い浮かべる人もいるだろう。そのように地域によって独自のスタイルが見えてくるのが音楽の面白いことの一つである。

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しかし近年はインターネットの発達のよって、様々な地域のスタイルを取り入れることができるようになった。そのため、NYのアーティストでもアトランタっぽいサウンドで活動をしたり、様々な地域のスタイルからの影響を受けることが以前より簡単になっているのであろう。しかし以前Brand NubianのLord Jamarがインタビューにて「最近のNYのアーティストたちは他の地域みたいなラップをしやがる」という旨を語っていたり、地域性を重要視する者がいるのも事実である。

地域性を考えたときに、外せないアーティストがIce Cubeであろう。彼はLAを代表するアーティストであるが、ソロアーティストとしていち早くNYで活動したLAヒップホップアーティストのうちの一人であった。そんな彼はヒップホップと地域性についてこのように語っている。

 

インタビュアー:新世代のヒップホップで起こってる議論の一つとして、ヒップホップの地域性というものがあると思います。例えば「NYのラッパーたちがNYサウンドをやっていない」というふうに批判する人もいます。Ice Cubeのヒップホップと地域性の意見はどのようなものですか?

Ice Cube:ラキムが86年にこう言った。「自分がどこから来たかが重要なのではない。今自分がどこにいるかが重要なんだ」とね。その音楽がどこから来たかで評価するんじゃなくて、その音楽が「良い」のかどうかで全てが決まるんだ。自分の心が動かされるかどうか、ライムがイケてるか、味とスタイルがあるか、そういうことが重要なんだ。

 

重要なのは「どこから来たのか?」ではなく、実際に音楽として「心が動かされるか」だと語ったIce Cube。音楽の本質はそこであり、その本質以外の箇所で評価することはあくまでもステレオタイプなのかもしれない。さらにIce Cubeはこのように語った。

 

Ice Cube:こういう「どこから来たのか?」ということを誰も気にしていない時代にヒップホップが突入したことを嬉しく感じるよ。NYがヒップホップのメッカだ。最も多くのスーパースターを排出してきた。そこからLAとかベイエリアとかが出てきて、サウスも出てきて、皆自分たちがやるべきことをやっている。皆売れていて、J. Coleみたいにノースカロライナから出てきたやつもいるし、ネリーみたいにSt. Louisから出てきたやつもいる。こうやって様々な地域から、様々な人が表に出てきてる状態は美しいよ。

俺はヒップホップがこういう時代になるのを待ちに待っていたんだ。音楽が良ければ地域に関係なく注目される時代だ。

Sway:Ice Cubeがこういうことを言うのが興味深いなと思うのが、あなたは西と東の壁を壊すことに貢献した人でもある。あなたの音楽がNYでプレイされ始めたぐらいのときは、NYで西海岸のヒップホップがプレイされることはあまりなかったと思うんだよね。そしてあなたはそのなかで、NYでも認められるために戦っていた。そしてあなたは非常に頭の良い方法でやってのけた。The Bomb SquadのShocklee兄弟と一緒に作品を作り上げて、あなたのサウンドも「西海岸ヒップホップ」から独自のものへと成長していった。

Ice Cube:そうだね。あのレコード(AmeriKKKa’s Most Wanted)は自分にとってのチャレンジだった。N.W.A.から出てきた自分のスタイルを、ソロアーティストとして広げたものだった。The Bomb Squadがいなかったら出来なかっただろう。とにかく楽しくて、やったこと全てがフレッシュな感じがした。Chuck D、Shocklee兄弟、Eric Sadler、The Bomb Squadの全員が俺のことを温かい目でウェルカムしてくれたのもあって、西と東の溝を埋めることができた。

彼らは俺がどこ出身とか気にせずに、「お前のドープなライムに、俺らのドープなビートをのせる。そして楽しむ。」という気持ちでやってくれたんだ。俺にとっても特別な経験だったし、ヒップホップにとっても素晴らしい体験であったと思う。

 

ヒップホップがそのような時代に突入したことを嬉しく思う気持ち、そして自分がソロアーティストとして活動しはじめたときのことを語った。Ice Cubeも西のアーティストとして、東との溝を埋めたアーティストである。そんな彼であるからこそ「ヒップホップがこういう時代になるのを待ちに待っていた」と強く思うのであろう。「ドープなライムとドープなビート」があれば、どこ出身であっても「ドープ」な曲となる。Ice Cubeはそのようなことを教えてくれる。

Chuck DやThe Bomb Squadもそういう気持ちであったからこそ、「AmeriKKKa’s Most Wanted」はあそこまでの文化的インパクトのある作品となったのだろう。Ice Cubeはヒップホップの偉大なる先輩たちの手助けもあり、自分がここまで上り詰めたことを感謝しており、彼のような大ベテランのなかにも「Humble」さがあると理解できる。

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