何故このラッパーのリリックは刺さるのだろうか?【LAを代表する韓国人ラッパーDumbfoundead編】

 

 

リリックを評価

するとき、人によって基準となるポイントの比重は違うであろう。言葉遊び、メッセージ、韻の踏み方、ボキャブラリー、韻の難易度など、様々なポイントがある。これらのポイントを組み合わせ、自分の好みのスタイルのリリックを見つけていくのがヒップホップファンの楽しみの1つであろう。前回は「Emotional Depth(感情の深さ)」という観点についてJedi Mind TricksのVinnie Pazの「刺さるリリック」を紹介した。

何故このラッパーのリリックは刺さるのだろうか?【Jedi Mind TricksのVinnie Paz編】

 

今回紹介したいのがDumbfoundead(ダムファウンデッド)である。彼はLAを拠点に活動する韓国人ラッパーであり、Playatunerでも数回取り上げているが、彼のラップスキルと楽曲の共感度は非常に高いと感じる。今では大スターとなったAnderson .Paak(元Breezy LoveJoy)が無名の頃から何度もコラボをしており、LAの(K-Town)コリアタウンにとって最も重要なアーティストとなった。インディペンデントに活動する彼の知名度は年々増しており、近年では映画やドラマにも出演している。ちなみにエミネムがプロデュースする新映画「Bodied」にも出演している。

そんな彼の音楽は近年少しトラップよりのものになっており、カラーが少し変化してきているが、彼の作品のなかでも私が最も気に入っているのが2011にリリースされた「DFD」というアルバムである。こちらでは3曲改名前のAnderson .Paakをフィーチャリングしており、リリックも非常に共感できるものとなっている。アジア人というマイノリティとしてLAに活動する彼、コリアタウンという最大の地元をレペゼンしているが自分が周りと違うことを受け止めて前に進む彼のリリックは何年経っても理解ができる。

Town

そんな「DFD」の1曲目の「Town」が最も彼と地元K-Townの関係性を表しているだろう。元々は数々のラップバトルで知名度をあげ、1stアルバム「Fun with Dumb」をリリースした彼であった。しかしその後しばらく活動休止をしており、その時に地元で感じたことをこの曲にて表現しているのだ。印象的なリリックを紹介する。(長いのでリリックはジニアスで)

 

いつも俺が何を頼むかわかってるでしょ。ロックで頼むよ
時計台のように毎晩ここで俺を見つけることができる
このネイバーフッドは詳しいし、ローカルのオバちゃんオジちゃんも全員知っている
俺らは岩に磔の刑にされた囚人のように、この場所を所有した気持ちになっている
でもこれはアルカトラズ(連邦刑務所)ではなく、アルコールのトラップだ
バーをハシゴする者たちと大口を叩く者がツケで飲み始める
繋がりを作るために、頭を縦に頷き続けたり無意味なことをする
同じ学校だったやつらと道でバッタリ会うと、彼らは「お前最近頑張ってんじゃん」と言う
でもその言葉に真実を見出すのは難しい

外の世界で何が起こっているか全く検討もついてない若者が地元愛のタトゥーを入れている
「地元は俺が支配する」と言ったり、くだらないことで喧嘩をしたり、
本当は自分が思っている1/5ぐらいの男でしかないのに。
生き急ぐ人生で、皆サイコロに頼って生きている
自分が茶碗の米粒でしかないことに気が付かないまま
OGたちは俺に何も言わなかったし、アドバイスもくれなかった
俺の友人たちは、最も辛い夜に俺を宙ぶらりんにした

俺は一旦活動を休んで戻ってきた。でも何も変わってなかった。
ずっと昔から同じやつらだ。あいつの名前なんだっけ?
俺はほとんどの人が体験することのないであろう世界を見てきた
この街は自分を捕らえて、放してくれない
ローカルのレジェンドにしかなれないって言われてきた
でも俺はこの街の存在を、世間の人の心の地図に植え付けた
俺はここにいる。自分の色々な体験を皆にシェアしたい
俺は家の椅子で、架空のストーリーを書いているんじゃない
現実から目を逸らそうと頑張ってるんだろ
成功して遠い世界まで行きたいと言ってるけど、怖がってるんだろ?
でも世界はそうやって動いてるんじゃないんだ
お前は一歩外に出て最初のフライトで戻ってきた
そういう呪いにかかっているやつだっているだろう
でも俺はそうならないように生まれてきた

(サビ後半)
これが俺のホームタウンだ
愛すれば愛するほど、ここから出たくなる
でもこの街は俺を放してくれない

 

印象的なリリックを要約したが、この曲はただの地元愛ソングではない。彼は私が知っているなかでは最もK-Townをレプリゼントしているラッパーであり、地元に対する愛を頻繁に表現しているのだが、この曲は「地元というものの呪縛」について客観的に、かつ当事者としてラップしている。彼はこの活動休止期間にまさに地元の呪縛を感じており、毎晩アルコールを飲んで、時だけが流れる空間に囚われていたのだ。恐らくその時間は心地よく、自分と外の世界の関係を見失うものであったのだろう。

バーなどが多く存在するLAのK-Townで、ラッパーとして世界に出るべき存在である自分、しかしそのような地元の引力から抜け出せない自分の心情を非常に上手く描いている曲であると感じる。そしてその引力に囚われながらも、音楽の世界に戻り、世間に自分の存在をさらに知らしめることにより、さらにK-Townの存在を人々の「心の地図」に植え付けるのだ。言葉尻だけを見ると地元ディスに聞こえてしまうが、「井の中の蛙」にならずに本質的に地元をレプリゼントする彼の心意気がわかる。小さい世界でデカイ態度を取るのではなく、外の世界にも通用する自分になる勇気を与えてくれる曲である。外の世界に出るのは怖いことかもしれないが、外に出て発信しないと地元の存在は世間に知られないのだ。

これは「地元」に限らず、自分の活動を追求するために所属していたコミュニティから飛び出した人にも共通する感情かもしれない。周りが「どういう存在になりたいか」ということを深く考えずに、なんとなく生きているなか、自分は熱意を追いかけるために外に飛び出た。しかし周りからは自分が変人だと思われたり、「そんなリスクを取らないでなんとなく生きればいいのに」と思われる。そのような経験をしたことがある人であれば共感できるリリックなのではないだろうか?

ちなみに彼の地元愛に関しては「24KTown」という曲でも表現されている。

 

このアルバムからもう1曲オススメするとしたら、人気曲「Are We There Yet?」であろう。

3つのヴァースからなるこの曲であるが、1stヴァースは一人で自分と妹を育て上げた母に対してのヴァースである。彼は実はアルゼンチン生まれであり、彼が3歳の頃に母親に連れられて米国に入国したのだ。そのような状態からアルゼンチンからメキシコを経由してK-Townに移住した母の努力についてラップした1stヴァースである。そんな母に裕福な暮らしをさせたいという内容である。

2ndのヴァースは出会った女性と関係を持つが、その関係が「愛」なのか「体」なのかわからない彼の心情を描いている。どこを終着点として女性と関係を持てばいいのか、そんな彼のまだ若い心の悩みを見ることができる。3rdヴァースでは、アーティストとして徐々に成功して、音楽で生活するようになった自分についてラップしている。「調子が良い時はいつも失敗する」と思い出し、鏡に映る自分にとある質問をするのだ。そしてサビでは「Are We There Yet?(もう目的地には着いた?)」と自分に言い聞かせる。最後の最後に「まだ目的地についてないから、前に進み続ける」と語るのだ。

 

「ウィードヘッドの遊び人」のようなイメージももちろんあった彼であるが、彼は自分の人生の経験を客観的に見つつも、湧き出てくる感情を上手くリリックに表現している。その「自分だけの経験/自分の目で見て、心で感じたこと」を表現している彼だからこそ、リリックが刺さるのだろう。アーティストとして、そしてリリシストとして非常に長けていることがわかる。

DumbfoundeadのMVから見る米エンタメ業界のアジア人の立場について

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