「心を打ち明けることによって救われる」亡くなった母親とパートナーの癌についてラップしたEvidenceに返ってきたもの。

 

 

メインストリーム

ではないが、ベテランとして多くのヒップホップファンから愛されているMC/プロデューサーという存在は多い。そのうちの一人がDilated PeoplesのEvidenceである。彼はいわゆるメインストリームな音楽をやっているラッパーではないが、新アルバム「Weather or Not」はiTunesチャートでもMigosに次いで2位という記録を打ち出した。そんな彼のアルバムにおける「作品と自信」について以前は紹介した。

「作品を温める時間を取りすぎると自信をなくす」Evidenceの新アルバムを影響した「人生フェーズ」と父親であること

 

そんな彼のアルバム「Weather or Not」は素晴らしいアルバムであるが、彼の素晴らしさは今にはじまったことではない。流行りとは全く違う、ゆっくりとした落ち着いたフローで人生について語っていく彼のソロアルバムたちはDilated Peoplesとはまた一味違う良さがある。非常に素直に、あるがままに自分の感情を描く彼のラップは、まさに「ラップ」がアーティストの精神にどのように影響するかを物語っている。

そんな彼の楽曲で、どれよりも率直に自分の感情を書いているのが1stソロアルバムのラストトラック「I Still Love You」と新アルバムのラストトラック「By My Side Too」である。前者は癌で2004年に亡くなった母に向けて書いた楽曲であり、後者は乳癌が見つかった自分のパートナーについて書いた曲である。彼の母親Jana Taylorは元女優であり、写真家として活躍していた。その2曲について語った彼のインタビューを紹介したい。

 

➖ 「I Still Love You」について

Ev:この曲が俺をソロでやろうと思ったきっかけとなった。元々Dilated Peoplesのアルバムのためにレコーディングされたんだけど、Dilatedのアルバムに入れるのに違和感を感じていたんだ。Dilatedはどちらかと言うとアンセム的な、ラップそのものについてのラップや政治についてが多かったから、この曲は合わないと思ったんだ。Dilatedとしては自分がこの曲で言いたいことを全て言えないと思ったから、ソロでやることにした。

この曲はクリスマスに一人でレコーディングした。ウィードも吸わずに非常に感情的になりながら書いたんだ。この曲を作って一番良かったのは、最後に挿入されている「母親のインタビュー」だ。母親が亡くなったとき、誰かに「母親の声を絶対に忘れるなよ」と言われたんだ。最初は「毎日のように聞いてたから忘れるわけないじゃん」と思ったけど、人の声は徐々に忘れていく。今では母親の声を聞くためだけにも「I Still Love You」を聞くんだ。母親の声が含まれてる録音はあまりないから、この曲を聞いて思い出す。そういう意味でもこの曲をやって本当に良かったと思ってる。自分の感情を素直に出したから、大きな意味が返ってきた。かっこいいラップをするより大きなものだ。

 

亡くなった母について書いたこの曲は、彼の心の内を描いたものである。胸の奥に溜まった感情を表に出し、ラップとして自分が感じていることを率直に書く。そのように感情を消化/昇華したものが「作品」となり、母親の声が作品として永遠に残る。これは良い作品を作るという意味だけではなく、一日の感情を日記に書く行為のように、Therapeutic/セラピー的な意味を持っている。この感情を内に秘めたまま、誰にも伝えないで生きることも可能であったが、表に出したことにより「より大きな意味」が返ってきた。この曲では母親が亡くなったことについてラップした後、最後に元女優の母親のインタビュー音声が含まれている。彼女は俳優業から写真家になった理由として「母親になったから。演技を続けたら息子と過ごす時間があまり取れなくなると思って、息子ともっと一緒にいるために辞めたの」と語る。

そして彼のこのセラピー的なアウトプットは今回のアルバムでもラストトラックに収録されている。「By My Side Too」ではEvidenceとの間の息子を産んだばかりのパートナーに、乳癌が見つかった話をラップとしてアウトプットしている。

 

➖ 「By My Side Too」について

Ev:AlchemistとBudgieはゴスペルをサンプルしたビート集を出しているんだけど、そのなかに俺が参加した「By My Side」という曲があるんだ。その曲では普通にラップをしているんだけど、何故か一人でスタジオにいるときにこのビートが思い出したんだ。そこで最初のラインの「My Lady is losing her hair(パートナーの髪が抜け落ちていく)」を書いた。その後に友達に「これ書き続けるべきかな?」って聞いたら「落ち込むから書くの止めよう」と言われて、そのラップをしばらく閉まっておいたんだ。

でも何故かそのラップのことをずっと考えていた。毎日一行ずつ、一行ずつ、それに付け足していたんだ。彼女と毎日治療に行っていたからね。そこからカニエの「College Dropout」の「Last Call」をプロデュースしたときのことを思い出して、後半はラップではなくて語りにした。当時彼に「これはライムにしないの?」と聞いたとき「これは俺の人生だ。ライムしなくても良いんだ」と言った。今回の「By My Side Too」でもストレートに伝えられると思ったから最後はライムしなかった。

 

「I Still Love You」と同じように、彼は自分の素直な気持ちをさらけ出すことによって自然と「ラップ」が出来上がっていたのだ。毎日2人で治療に行く自分の日常と、自分のパートナーが苦しんでいること、そして息子が生まれたことによって乳癌が発見されたのもあり、息子が母親の命を救ってくれたこと。まだ闘病中ななか、彼は「リアル」な日常と感情を書き出すことによって、セラピー的な発散をすることができている。

このセラピー的な効果をもたらしているのは、アーティスト本人にたいしてだけではない。上記の2曲のコメント欄にも、同じように家族を亡くした人たち等のコメントが寄せられている。「家族を亡くして以来ずっとこの曲を聞いている」というコメントからは、リスナーの人生において大きな要素になっているのが伝わってくる。先日の「Tech N9neがファンベースを獲得した方法を語る」という記事でも書いたが、自分の「感情と共鳴」した音楽はリスナーの心に一生残るのだ。

余談であるが、Evidenceの「I Still Love You」の母親の音声を聞いてると、「ビデオ」の本質と重要性が改めて理解できる。近年は「24時間で消える」だったり、一瞬で見られて終わり、というビデオ系のサービスがスタンダードであるが、誰かが管理する限りは永遠に残るものとして「消さなければ良かった」と感じる人も出てくるかもしれない。「日常を記録し、整理し、感情をアウトプットする」という一件大きな意味がなさそうな行為は、後々自分にとってかけがえのないものになるのだろう。

AlchemistとEvidence「楽曲としてベストな状態を作ることが重要」ラッパーと作品のクオリティについて語る。

 

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