水面下で帝国を築き上げるアーティストたち。「自分で全部やる」というパワーと美学
インターネットの発達により
様々なアーティストがインディペンデントに活躍をするようになった。インターネットでバズり、それがきっかけでメジャーレーベルと契約する者もいれば、自分でレーベルを立ち上げ、自分の「アート」を作ることに集中する者もいる。特に2000年代後半以降はヒップホップ・コレクティブと呼ばれるアーティスト主導のレーベルのようなものが世の中に多く輩出された。
Odd Future、A$AP Mobb、Pro Eraなどのコレクティブは、実際に爆発的に売れる以前から話題にはなっており、日本でも情報をキャッチすることができた。大勢で活動し、お互いのスキルを補い合ってきた彼らのようなグループ編成は、瞬く間にインディーズラッパーの間である意味流行りとなった。しかし近年では、また違う流れが業界内でキテると感じる。それは逆に少数精鋭で活動し、「水面下で帝国を築き上げる」アーティストたちである。前回の「音楽業界と技術と立ち上がるアーティストたち」という記事の続きとして、「技術のアドバンテージをとり、水面下で帝国を築くアーティストたち」について書きたい。
水面下で帝国を築く
アーティストって一体どういうことだ?と思う方もいるかも知れない。しかし世の中には「気がついたら水面下でめっちゃ売れていた」というアーティストが存在するのだ。自分でほぼ全ての作業をやり、少数で動き、徐々にネットでファンを獲得していく。一般世間が気がついた頃にはもう追いつけないレベルのファンベースを築いているのだ。そのわかりやすい例をいくつか紹介したい。
Blackbear
この「気がついたら売れていた」というパターンで、近年私が最も気になっているのがBlackbear(ブラックベア)というシンガーソングライターである。
正直彼の話題は日本で全く聞かないので、知らない方も多いだろう。彼はJustin Bieberの「Boyfriend」の共作や、Mike PosnerとのMansionzで米国では話題になっていたが、日本では検索しても個人ブロガーのブログ記事が数個でてくる程度だ。彼の曲が気に入り、色々調べていたところ「え?そんなにファンベース大きかったの!?」と驚いたのである。
実際には他の「バズっている」アーティストに比べたらメディア露出は明らかに少ないのだが、彼のツアーなどは数千人規模の会場で毎回ソールドアウトを果たしている。曲もゴールド認定されていたり、今年の3月に公開された上記「Do Re Mi」はSpotifyの再生回数が50,000,000再生を超えていたりで、トップアーティストと言っていいほどの功績をあげている。しかし彼はレーベルと契約していないのだ。自主レーベルの「Beartrap」から全曲自主でリリースしている(最新作の流通は恐らくInterscope)。
さらに彼のグッズは恐ろしいほど売れているらしく、こちらのインタビューによると彼は2017年は6億円ほど稼ぐ見通しであると語っている。彼の特徴としては、やはり自分の寝室で曲を作り、ミックスやマスタリングも自分でやっていたということだ。ビルボードチャートにて1年間もチャートインし、ゴールご認定された「idfc」は、まさに彼のベッドルームで制作されたものであった。「自分が1人で家で作った曲がこんなに聞かれてるのは凄いことだよ」と語っており、驚いたことにMVなどもほぼ出していない。マイクも5万円ほどの放送用の物を使っているらしく、ミックスもWavesのプラグインをかけるだけだと語っている。そして巨大レーベルの手を借りずに、自分で得たリソースを使い、今は新しいアーティストたちを自分の「Beartrap」に契約している最中らしい。
ここまで実績をあげ、売れていながらも、米メディアでもまだ取り上げられることは少ないと感じる。徐々にメディア露出も増えているが、まさに「水面下で帝国を築き上げている」アーティストだと感じる。「自分で全部やってやる」という気概を感じることができる。
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Russ
Russに関してはPlayatunerで何回も取り上げているので、「またかよ」と思う方もいるだろう。しかし彼こそがまさに「水面下で帝国を築き上げている」アーティストである。
彼はレーベルの手助けがない状態で、11個のアルバムをリリースし、サウンドクラウドで毎週1曲を公開し続けた努力家である。さらにライブも欠かさずに、50人しかいなかった客が2年間の間に数千人規模まで増えた。彼の合言葉も「プロデュース、ミックス、マスタリングは全部俺だ」というものであり、いかに水面下で1人で活動していたかがわかる。実際にはDiemonというクルー/自主レーベルを立ち上げており、Bugusというラッパーも仲間にいるが、自身の曲に関しては全て1人で完成させている。
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その努力もあり、彼は今では2曲プラチナ認定されており、彼のレーベルも今ではコロンビアとパートナーシップを組んでいる。彼は成功をしてから、パートナー契約を組んでいるので、相当有利な契約をできていると予想ができる。「1人でどうにかしてやる」という心意気、自分の環境に言い訳を言わずに毎日努力する彼の姿は、まさに「水面下で帝国を築き上げた」アーティストである。それでも彼のファンベースの大きさから考えると、明らかにメディア露出や日本での報道も少ないと感じる。
全部自分でやる
というのは今では当たり前になっているのかもしれない。むしろそれが必要スキルにもなっているようにも思える。しかしそんな世の中でも、まだ完全に業界のスタイルが移行していないからか「誰かの助けが必要」と思っているアーティストも多いのではないだろうか。もちろん誰かの助けがあればそれが一番であり、私も助けてもらいたい気持ちでいっぱいだ。しかし自分が良いと思った曲をコンスタントにアップしていれば、徐々にその「助け」を自分に引き寄せることができるのだ(と感じる)。そのような意味でも「自分1人で曲を完成させる」というスキルは、この時代において非常に重要になってくる。
上記の例を踏まえると、今後水面下で帝国を築き上げることに成功をするかもしれないアーティストもたくさんいるということがわかる。「全部1人でやっちゃう」系の「もしかしたらこれは数年後超ヤバイことになるかもしれないぞ…」と感じさせてくれるアーティストも紹介をしたい。
Chris Mcclenney(クリス・マクレニー)はその1人である。
彼は最近紹介してもらったアーティストであるが、どうやら「作詞作曲/演奏/ミックス/マスタリング」全部自分でやっているらしい。このようなハイレベルな演奏、ファンキーなトラックを全部1人でやっているということは非常に驚きである。「あぁこのレベルも1人で出来る時代になったんだな」と感じるクオリティとなっている。まだ再生回数も多くはなく、ほぼ知られていないに近いが、楽曲のクオリティからも「助け」を引き寄せ、今後化ける可能性もある。現にDRAMやGoldlinkの曲のRemixやプロデュースもしているようだ。
KNOWERというグループのLouis Cole(ルイス・コール)もその1人であろう。彼は曲の1人で完成させるだけではなく、なんとMVまで自分で作ってしまうのだ。彼もRussやBlackbearと同じく、非常にハイペースでコンテンツをリリースしていくスタイルを取っているので、やはり地道な作業の成果が出ていると感じる。Thundercatの「Drunk」では2曲提供していたり、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのツアーOAを努めたり、それもその地道な活動の成果として「助け」を引き寄せたと言えるだろう。Playatunerでは以前彼とKNOWERのジェネヴィーヴにインタビューしているので、是非こちらも読んで頂きたい。彼は自分でレコーディングやミックスだけではなく、ドラムやキーボードなども演奏しており、本人は「キーボードはよくわかんないけど、適当に弾いてる」と語っている。
このようなアーティストの共通点として見えるのは「コンスタントにリリースしている」のと「自分以外の人が楽曲を頻繁にアップしていたり、リミックスをアップしている」ということだ。従来ガチガチだった著作権への温度感がかなり緩いことがわかる。それもあり、広まりやすいのだろう。そのように「人の曲をアップしまくっているYouTubeチャンネル」に頻繁にアップされているアーティストは、将来的にインターネットビッグになる可能性が高いことがわかる。まだ情報が定かではなかったため、上記には入れなかったがTennyson、Noname、Tokenなどのアーティストも該当すると感じる。
インターネットの発達により、引きこもって音楽を作る人たちにスポットライトが当たる世の中になったと感じる。もちろんテラス・マーティンのように「音楽は1人でやるべきじゃないんだ」と語る人もいるが、世の中の全員が「仲間」と活動しているわけではない。むしろ「1人で全部やっていたからこそ、様々な人たちと出会えるようになった」事例のほうが多いのではないか?本当に0から活動をし、寝室で作った音楽がプラチナ認定される時代なのだ。そのような意味でも「自分でレコーディングできない!」という人でも、案外やってみたら、何かしら次のチャンスに巡り合うことになるかもしれない。
また、日本からRussやBlackbearレベルで独自に帝国を築き上げた人はまだ出てきてないのではないだろうか?そのようなアーティストが出てくることを楽しみにしている。
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