ビーフにてパーソナルな領域に入るのはどうなのだろうか?Foxy Brown、Remy Ma、Jay Z、Ice Cubeから考える

 

Remy Ma

のここ数日の話題は途切れない。Nicki Minajに宛てたハードなディストラック「shEther」が話題となり、彼女が「ラップクイーン」の座を取り戻したかのように思えた。Nicki MinajはRemy Maに対して返信をしておらず(追記:返信しました。解説はこちら)、このままほとぼりが冷めると思った矢先、Remy Maには新たな敵が出てきた。それが「Foxy Brown(フォクシー・ブラウン)」である。

Remy MaのNicki Minaj宛のディストラックがヤバイ。印象的なリリックを解説。

新たな敵というと語弊があるかもしれない。FoxyとRemyはNicki Minajが出てくる以前の2004年ぐらいからビーフをしていた。Nickiと仲が良いFoxyは6年ぶりとなる楽曲「Breaks Over」にてRemy Maに攻撃したのである。Remy MaがNasのJay Zディスの「Ether」を使用したように、Foxy BrownはJay ZのNasディス「Takeover」のビートを使用した。

「shEther」ではNicki Minaj以外にも少しFoxy Brownについても触れてあった。Foxyの耳が聞こえなかった時期を「淋病を治療していないからだ」と言っているのだ。そのレスポンスとしてFoxy Brownはこのように返信している。

I’m a mothafucking BK savage / I heard about that bitch miscarriage
私はブルックリンの野獣だ。このビッチが流産したってことも聞いた。

Remy MaとPapooseの子供が流産をしてしまったことに関して発言をしているのだが、この2人のやりとりを聞いてとても複雑な気持ちになった。もちろんビーフというものはラッパー同士が気が済むまでお互いをディスし、どちらが勝つかを競うものである。しかし「パーソナルすぎる」話題はNGという暗黙の了解があったと感じる。特にRema Maの「お腹を開いて傷ができたけど、そこには赤ちゃんはいなかった」という発言を見ると、絶対にディスのネタにしてはいけない内容だと感じる。女性として、親になる身として想像を絶する辛さであっただろう。さらにFoxy Brownもつい先日出産をした身として、ここをネタにすることに関してどうも思わなかったのだろうか。もちろんFoxyの耳が聞こえない期間も大変であったに違いない。それをネタにしたRemy Maもビーフの「パーソナル性」についてどう思っているのだろうか?

 

ビーフのパーソナル性


ビーフやディスをするときには明確なガイドラインなどない。そのなかでいかに相手を上手くディスできるかが肝となってくるわけであるが、やはりビーフはそこまでパーソナルな領域に入るべきじゃないと個人的には感じる。歴代の素晴らしいディストラックを聞いても、相手を「ラッパー/MC/アーティスト」として捉え、その人のキャリアについてディスしている曲が多いと感じる。例えばIce CubeのN.W.A.にたいする「No Vaseline」は「ビーフの教科書」に載るべき素晴らしいディストラックだと感じる。

ハードなギャングスタの日常を伝えるラップとか言っていたクセに、Michelleのソフトなバラードとかもプロデュースをしたこと、Eazy-Eが金持ちになった瞬間にコンプトンからストレートに出ていき、白人の高級住宅街に引っ越したこと、結局N.W.A.と言っても白人のマネージャーに権利を握られていること、などについてラップをしている。ここでDr. Dreの亡くなった弟についてラップをしていたらこれは「クラシック」にはなってなかっただろう。全てのリリックが「確かにそうかもな」と思える、ロジカルな内容であったため、ここまで評価されていると感じる。ただの悪口ではなく巧みな言葉選びで「MCとして勝利」をしているのだ。

ストレイト・アウタ・コンプトンで語られなかったビーフ。何故語られなかったかを意外なベクトルから推論

Jay Zに関しても同じようなことが言える。Jay Zの「Takeover」では、Nasについて「Karl Kaniなどのモデルに成り下がった」、「マネージャーのほうがお前よりラップが上手い」、「Illmatic以来良いアルバムを出せてなく、コンシスタントではない」などの内容をラップしている。パーソナルな領域に入らず、「プロフェッショナル」としてディスしているのだ。Nasの「Ether」では結構パーソナルな領域に入っているが、2人とも2Pacとビギーを見て「ビーフの激化」を避けることを学んでいる。

もちろん2Pacの「Hit Em Up」のようにパーソナルな領域に入ったものもある。しかしやはりこのようなパーソナルな領域に入ったトラックは「ビーフの激化」に繋がり、最終的に死者がでる可能性も出てくる。そうなってくるとヒップホップ文化としての「ビーフ」ではなく、被害者が出てくる戦争になってしまうのだ。Ja Ruleのエミネムディスも娘や母親についてラップしていたため、「MCとして勝つ」ことができなかったと感じる。ウィットに富んでいない下品なディスでは人の心は動かせなく、逆効果になるのであろう。

このように考えると今回のRemy MaとFoxyのビーフは解決に向かうことのない泥沼と化する可能性があるのかもしれない。それが果たしてヒップホップファンが求めているビーフなのだろうか?また、このようなパンチランで「MCとして勝った」と言えるのだろうか?皆さんはビーフについてどのように思いますか?

西海岸/東海岸ビーフシリーズ② デスロウとバッドボーイ 〜悪化する関係性〜

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