アーティストとメディアとリスナーの関係について考える。Vic MensaとユーチューバーDJ Akademiksの確執からわかる「恐ろしさ」

 

 

メディアとアーティスト

の関係というものは大変興味深いものだ。アーティストのことをプロモーションをし、良好な関係を築けている場合もあるが、メディアの発信の仕方によっては最悪の関係性になる場合もある。「メディア」という言葉の語源「Medium(中間)」の言葉通り、音楽メディアはカルチャーやアーティストと読者の間に入り、情報を発信していくことを目的としている。メディアの理念によっては、独自の解釈や意見をきちんと「意見」だと示した上で発信したり、ヴィジョンを持ってカルチャーに貢献しようとしたりするものもある。逆に仕入れた情報を簡素化して、ニュースリリースのみを発信する場もある。

そのなかでどのような情報を発信していくかにより、世間のアーティストに対するイメージも変わってくるのだ。そのように意味でもメディアというものの責任は大きいと感じる。どちらにせよメディアとアーティストの関係性というものは非常に深い。この記事では最近のヒップホップにおける、とある出来事をベースに、そんな関係性について考えたい。この記事を読む上で、下記のVince Staplesの記事を読んで頂けると、理解が深まるので、是非読んで頂きたい。

Vince Staples「メディアや世間のイメージがラッパーたちにプレッシャーを与えている」彼の超リアルトーク。

この「アーティストとメディアとリスナーの関係性」について深く考えるようになったのは、自分がメディアを運営する立場になってからだ。Playatunerでは「独自の視点」と断った上で、そのような視点を入れつつも「アーティストの想い」や彼らの音楽にもっと入り込めるような内容を発信することにフォーカスをしている。そんななか、最近気になったのがVic Mensa(ヴィック・メンサ)のアルバムの話である。

Vic Mensaは「The Autobiography」という素晴らしいデビューアルバムをリリースし、この作品からは彼の人間としての成長も見ることができたと感じる。まだ聴いていない方はPlayatunerの一聴レビューも読んで頂きたい。しかしこのアルバム、まじで売れていないのである。実際に直接的な原因かどうかはわからないが、とある確執が原因の一つとしても考えられる。

 

Vic MensaとDJ Akademiks

Vic Mensaは現在人気ヒップホップユーチューバーであり、Complexの人気番組「Everyday Struggle」のホストを務めるDJ Akademiks(アカデミクス)とビーフ中である。そもそもアーティストではないユーチューバーとの確執をビーフと呼ぶのは違和感があるかも知れないが、Vic Mensaには怒る理由があった。DJ Akademiksは自身のYouTubeチャンネルにて、様々なラッパーたちのゴシップを面白おかしい皮肉を込めて発信してきた人である。複数のチャンネルに渡っての登録者は150万人を超えており、ヒップホップを発信する個人としてはトップレベルのファン数であるだろう。

Vic MensaがAkademiksに怒りを露わにしたのは、Complexの「Everyday Struggle」内であった。アルバムのプロモーションのためにこの番組に出演した彼であるが、出身のシカゴの質問を投げかけられた際、明らかにテンションが変わった。

 

シカゴの現状

Akademiksがユーチューバーとして急激に人気が出たきっかけがある。それは非常に治安が悪化し、毎日のように人が殺害されているシカゴの状況を発信するようになってからだ。特にシカゴ出身でもない彼であるが、彼は「War in Chiraq」というチャンネルをわざわざ開設し、情報を発信していった。(Chiraqとはシカゴの年間死者数がイラクでの米兵の死者数を上回ったために付けられたシカゴのあだ名)

これはただの情報発信の動画ではなく、「◯◯というラッパーが、誰々をディスったから殺害された」等といった、非常に詳細情報が多い動画たちであった。報道やマスメディアのニュースのような真面目な感じではなく、皮肉や風刺が聞き、ジョークを挟みながら発信していったものだ。その動画シリーズのなかには、シカゴ出身のVic Mensaが小さい頃から仲良くしていたラッパーたちも含まれていた。

Vic Mensaはアカデミクス本人にこのような質問を聞かれ、怒りを露わにしたのだ。

 

Akademik:シカゴのドリルは、そのバイオレンスが現実で起こっているということをしらないシカゴ外の人たちが盛り上げまくったことによって、実際にエスカレートして人々がさらに亡くなったと言われている。実際それが原因で衰退したと思う?シカゴの外の人たちがシカゴにについて発信するのはどう思う?

Vic:そういう意味ではお前の顔を引っ叩きたいと思ってるよ。お前のような人たちが、あのバイオレンスをセンセーショナルなものに仕立てようとして発信して、その現状をネタにしてファンを獲得したんだ。毎日近い人たちが殺されているなか、全くシカゴと関係ないお前が面白おかしく、人の死や交友関係を詳細まで発信してるんだ。お前にそんな権利があるのか?

 

Vic Mensaはこのように語った。実際に友人たちが亡くなっている状況で、Akademiksのような「事態に責任を持たない人たち」がセンセーショナルなものとして扱い、非常に細かいところまで発信していく姿は辛いものがある。このドリルの件に関してはVince Staplesの記事にてわかりやすく解説している

この「報道」に関しては、非常に意見がわかれる箇所であると感じる。もちろん「細かい交友関係も発信するのが報道だろ!」という人もいるだろう。特に責任も持たない個人が自分が属してもいないカルチャーについて、アクセス数のために面白おかしく発信していくことを良しとしない当事者も多い。そんな発信や報道の仕方は「Culture Vulture(カルチャーヴァルチャー)」と言われており、カルチャーを大事にしている分野だと敏感な人が多いのも事実である。個人的にはAkademiksの動画は「報道」の域を超えており、実際にはネガティブなことは言っていないもとしても、あからさまに皮肉っていたり、人の死を扱うに相応しい内容ではないと感じる。遺族や友人たちのプライバシーを尊重していないとも捉えることができる。自分がカルチャーに属し、自分が発信した内容が内部の人たちにどのような効果をもたらすのかを考えることは重要である。

Akademiksのファン数は非常に多いので、彼を擁護している人が多いのは確かである。動画のコメントではVicを批判したり、しまいには「こんなことで怒るとかBitchだな」と言っている人も多い。こんな内容を、「友人を多く亡くした当事者」に投げかける人がこんなにも多いと考えると、世の中は非常の恐ろしい。しかしもっと恐ろしいことが起こった。

 

その後のメディアとアルバムセールス

恐ろしいこと①

もちろんデビューアルバムをリリースするということで、Vicはこの後多くのメディアやラジオに出演した。しかし世間が興味ある内容は、あいにく必ずしも「音楽そのもの」ではない。このような一大ビーフなどがあると、ラジオやメディアのインタビューの話題は、この確執についてで持ち切りになる。アーティスト同士の確執であれば、音楽の話になってくるので、プロモーションにもなるであろう。しかし今回彼はユーチューバーという「作品そのもの」とは一切関係のない人とビーフしているため、充分なプロモーションが出来ていないと感じる。確執について話していても、作品のセールスには結びつかないのだ。

恐ろしいこと②

そして恐ろしいと感じたのは、Akademiksのファンが「Vicのアルバムを絶対聞かない」というスタンスを取っていることだ。Akademiks自身は「特に問題はないし、皆Vicのアルバムを聞いてくれ」と言っているが、「ファン」の意識はそうもいかない。音楽は「音楽そのもの」にも関わらず、自分が好きな人と確執ができたからと言って、作品そのものを否定する人が多いのだ。自分で考えずに、盲目的に与えられた情報を「0か100」で捉えているのか、Akademiksのファン層の問題なのか、多面的な要素から自分の意見を持てない人が多いのかもしれないと感じた。

◯◯がそう主張しているから、それが正しい

音楽に関しても、音楽以外の分野でも、このような「盲信」は最も恐ろしい思考回路であると感じる。「事実」と「主張」の違いを明白に理解することは必要である。そのような意味でも、多面的な意見を報道するメディアの重要さ、そして情報を上手く消化し、論理的に考える教育の重要さを改めて感じさせられる。本来は考えさせられるためのプログラム/報道であると思うのだが、それが思考停止を促すコンテンツに染まったとき、業界が衰退していくのではないだろうか?音楽業界でも影響力がある人やメディアが「右向け右」と言ったら、多くの人が何も考えずに右を向く状態なのかもしれない。もちろん「何も考えずに見るコンテンツ」も必要であり、そのバランスが重要だと感じる。(ラキムがヒップホップについて言っていることにも通じる

実際にVic Mensaのアルバムは、初週で13,000枚相当しか売れておらず、明らかに彼の知名度と作品のクオリティに見合っていない枚数である。

今回の件で、個人的にも色々考えさせられることはあった。単純にVicのファンベースが少なかったのだろうか?本当は売上枚数には、この件は何も関係ないのかもしれない…Vicの気持ちを察するコメントの少なさ…作品ではないことばかり発信するメディア…そしてそれをコンテンツとして「消費」する人たち…まさにVince Staplesが言っていたことが目に見えた一ヶ月であった

正直Vic Mensaの言い分が正しいと思うと同時に、Akademiksの言い分も多少は理解できなくはない。もちろんこの敏感な内容に対して、彼の発信の仕方は配慮に欠けていたと思う。しかし彼はどんなテーマであろうとも、この「皮肉」が聞いたテンションで発信をしてきた人物であり、彼がどのように発信するかは強制できることでもない。それにしても友人を亡くした本人に中傷の言葉を投げかけている人たちは、もしアーティストが亡くなっても「有名税」で済むと思っているのだろうか?「ネットだから何を言っても許される」という考えではなく、人々がアーティストの気持ちになり、彼らも生きていきやすい世の中がいつか実現されることを願う。

というわけで、Vic Mensaのアルバムをまだ聴いていない人たちは是非下記から聞こう!!

Vic Mensaデビューアルバム「The Autobiography」は彼の人生をなぞった作品【一聴レビュー】

ライター紹介:渡邉航光(Kaz Skellington):カリフォルニア州OC育ちのラッパー兼Playatunerの代表。umber session tribeのMCとしても活動をしている。

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