インディペンデントの王者、Tech N9neのレーベル「Strange Music」の事例。CEOから学ぶ③つのこと。
インディペンデントに活動する
アーティストは今の時代では、ある意味スタンダードとされている。「0からのグラインド」というストーリーが人々の共感を集めるため、実際にはメジャー契約しているアーティストも「インディペンデント」だと嘘をついている場合も多いらしく、そのようなアーティストは「Industry Plant(インダストリー・プラント)」と呼ばれている。そういう意味ではインディペンデントであることが「イケてる」とされる時代でもあり、そんな時代に突入して10年ほどが経とうとしている。Playatunerではインディペンデントに表現をしていくアーティストを応援するためにRuss、blackbear、Hopsinの例を頻繁に取り上げてきた。
今では多く存在しているインディペンデントなヒップホップアーティストたちであるが、そのなかでもインディペンデント・キングと言ったら確実にTech N9ne(テック・ナイン)の名前が思い浮かぶだろう。彼は1999年にビジネスパートナーのTravis O’Guinとレーベル「Strange Music」を立ち上げており、その時代には珍しいインディペンデント・アーティストとして、次世代のビジネス・ロールモデルとなるような活動をしてきた。
そんな彼のStrange Musicであるが、レーベルのビジネスサイドを担当するTravis O’Guinのインタビューから私たちが学べることを紹介したい。2014年には年間25億円ほどの売上を発表しており、インディーズ・レーベルとしては想像できないレベルの規模まで成長している。現在最も熱いレーベルTDEもStrange Musicの「インディペンデントなマインド」を受け継いでおり、彼らがアーティストのメンタリティに及ぼした影響は計り知れない。そんなStrange MusicのCEOのTravis O’Guinから学んだことを③つのポイントにまとめてみた。
① 誰と仕事をするか厳選する
このインタビューの冒頭では、彼がいかにしてTech N9neと出会ったかを語っている。当初Tech N9neは様々な「仲介人」を経由してワーナー・ブラザーズと契約をしていたらしい。彼が言うにはワーナーに至るまで、3つの会社を経由しており、Tech N9neの「マネージャーのふり」をしている人たちが6人もいたとのこと。Travisは「厨房に人が大勢いても美味い料理はできない」と例え、そのステークホルダーの多さによって「誰も自分が何をするべきなのか理解していなかった」と語っている。その時期にTech N9neは仕事でTravisと出会い、ビジネスについて相談をするようになったのだ。
これはTech N9neの例以外にも当てはまる話であると感じる。スタートアップや新しいクルーをはじめるとき、それが面白いコンセプトであると、「手伝いたい!」と手を挙げる人が多くなるかもしれない。しかし全員仲間に入れ、人材を持て余してしまってもしょうがないのだ。一人ひとりの役割を明確に割り振るスキルがない限り、逆に負担が増える場合もある。また、「Techが自由に音楽をやるより、自分が売上のシェアを取ることが重要」という人が多かったようで、Techは業界のドツボにハマっていたのだ。トラディショナルなヒップホップではなく、非常に特徴的な音楽をやっていたTechの扱い方を理解している人が誰もいなかったのだ。
② ミドルマンを経由しない
彼は「音楽業界にはビジネスが得意な人があまりいない」と語る。彼は元々家具を販売する会社で成功しており、その後はアーバン・ファッションに投資をしたりしている。そのなかで、レーベルを始める際に「様々なレーベルの事例を勉強し、その事例に元々あったビジネススキルを応用した」のである。具体的に言うと、「仲介人(ミドルマン)の排除」である。これは①とも重複する内容であるが、彼はミドルマンを仲介しなくても、ビジネスが動くように「投資」をしてきたのである。彼はこのように語る。
Travis:俺のビジネスは、日本のフィロソフィーをフォローしている。アメリカだとビジネスをスタートするとき、銀行からお金を借りるのが普通であるが、日本では大きな会社がキャッシュの必要性を感じたら、銀行を買収する場合があるのだ(※1)。この「元々考えていたことの10歩先を考える」という考えで、今まで様々なビジネスに投資をしてきた。
例えばシャツなどのグッズを制作する場合、毎回シャツをプリントするために業者に頼みたくないし、そいつらをビジネスプロセスからカットしたいんだ。だから俺がそのビジネスをオペレーションしている人になり、グッズを作れる会社を所有する。スタジオもそうだ。毎年数千万円もスタジオに払うのではなく、4億円を投資してアメリカで一番良いスタジオを自分で作った。そのスタジオはオープンしてから、一日も空き日があったことがないレベルで好評だ。その2つのビジネスにとって最大のクライアントがStrange Musicとなる。そして今後他のアーティストもクライアントになる。
※1 彼が語る「日本のフィロソフィー」が実際にどこから来ているのかわからないが、この分野は全く詳しくないので、私が知らないそのような事例があるのかもしれない。そんな事例をご存知の方、ご教示ください。
彼が語っていることは、これからレーベルをはじめるアーティストにとって共感できないレベルの大規模な話のようにも思えるが、この事例を小さく考えれば非常に役に立つアドバイスとなるだろう。要するに、「その経由本当に必要?もし自分でできたら/仲間にできたら、それも新しいビジネスになるんじゃない?」ということであろう。実際にビジネスというものは、様々なステークホルダーを経由して行われるものである。しかしプロセスの合理化、自分のスキルを最大限に活かして「自分でやる」というメンタリティは非常に重要である。
単純にCDを出してリスナーに届けるとしても、「レコーディング→ミックス→マスタリング→デザイン→CDプレスと印刷→流通→MV→メディア/PR→店舗」というプロセスを経由する。このなかで「自分ができるところ」「仲間にすべきところ」「必要のないところ」を明確にすると、ビジネスがスムーズになるだろう。また、Travisが他のレーベルのアーティストにたいしてビジネスをやっているように、自分たちが「ミドルマン」になることもできるのだ。こちらのStrange Musicオフィスを紹介した動画でも、実際に彼らがどれだけ多くのビジネスに手を出しているのかがわかる。
もちろん最初は、自分が一人でも高いクオリティで実践できる分野にフォーカスをする必要がある。その分野で、ある程度のネームバリューを作った後、ミドルマンを取り込んでいくのだろう。Strange Musicも当初は様々な箇所を経由していたが、音楽で自分たちのネームバリューが徐々に作られていくと同時に、他のビジネスに拡大していったのだ。グッズ制作工場、レコーディング・スタジオ、ビデオ編集、カーウォッシュ(!?)などに広げている!これはHopsinがインディペンデント・ラッパーとして成功したことにも通じてくる。
③ リスペクト
彼らがツアーをし始めた頃、まだインディペンデントで全国ツアーをしているラッパーは少なかったのだ。そのため、彼はツアーを組むときに、クラブやライブハウスに出演を断られることが多かったと語る。「Tech N9ne」という銃の名前がついたインディペンデント・ラッパーを会場に呼ぶことを恐れていたらしい。そんなときは「何か問題があったら、全ての売上を献上する」という契約でツアーを組んだとのこと。そして毎回ちゃんと時間通りに会場につき、時間通りにライブを終え、法律に触れることをしなかったと語っている。そのように「会場をリスペクトする」ことにより、逆に会場からリスペクトを得るようになり、数多くのツアーを成功させることができたのだ。それ実現するために、Travisはツアーにて「やってはいけないことルール」を設けているらしい。それを破った人は罰金されるらしく、罰金で集めた金額はツアーの最後に任意の団体に寄付されるとのこと。例えばMachine Gun Kellyがツアーに同行したときは、彼がステージに火をつけはじめたので、「ステージ上の火は禁止」というルールを設けたらしい。
このように学べることがいくつかあったが、彼は一番大切なことに「音楽が全ての土台だ。音楽にフォーカスすれば、他のことはついてくる。自分が正しいと思う音楽を作れ。それがないと何も始まらない」と語っている。彼とTech N9neが成功した最大の理由がそれであろう。最強のビジネスマンと素晴らしいアーティストが組み、まだ世の中に出ていないオリジナルな音楽を妥協せずに追求したのだ。そして、その最強のビジネスマンが、誰よりも「表現/音楽のフリーダム」を信じていたのも大きいだろう。これはStones Throwの成功にも通じることであり、誰に何を言われようと自分たちの音楽を100%信じてきた人たちの成功は非常にモチベーションになる。
正直この記事は自分のために書いたのもあり、書いていて勉強になった。ビジネス的なマインドとアイディアはあるが、制作が楽しすぎて疎かになってしまう人は多いだろう。そのため、やらないといけない「タスク」が上手く消化できずに、最終的に「あれ?自分何をすればいいんだっけ?」と感じることも多々あるはずだ。メール全然捌けていなくて大変申し訳ありませんという気持ちでいっぱいになるときもあるだろう(いっぱいです)。そのような作業が苦手が故にメジャーやレーベルと契約するにしても、まずは「アーティストがクリエイトする上で優位な契約」ができるように「レバレッジ」をつくる必要がある世の中なのである。そのためにも、念頭に置いておいても損はしない情報であろう。
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