Nipsey Hussle「俺らはストリートのサンリオになる」彼のビジネスセンスとコンテンツ・クリエイターとしての戦略から学ぶ
ヒップホップビジネスマン
というと誰を思い浮かべるだろうか?パッと思い浮かぶのはJay-Z、Diddy、Tech N9neなどであり、アーティストという枠を飛び越えると近年だとTOP DAWGのビジネスマンとしての素晴らしさに感動をする。Forbesのリストにも多くのヒップホップアーティストが入っているのもあり、ヒップホップ業界には素晴らしいビジネスマンが多いと感じる。特にそのなかでも私が注目して勉強しているのが、インディペンデントにビジネスを成長させているアーティストたちである。時代の最先端を行く考え方とヴィジョンを持ち、将来のために行動と投資をしていく人々だ。以前はTech N9neのレーベル「Strange Music」の例を紹介した。
そんなインディペンデントに活動している人たちのなかでも、今最も注目すべきヒップホップアーティスト/ビジネスマンがNipsey Hussle(ニプシー・ハッスル)である。以前「インディーズアーティストはNipsey Hussleから学ぶべき」という記事を書いたが、こちらも是非読んで頂きたい。上記の記事の続きとなるかも知れないが、今回はアーティストに限らずビジネスマンにとっても非常に興味深い話である。
以前の記事では「彼はアルバムをリリースしていない」と書いたが、この度アルバムを完成させ、リリースするためにアトランティックと「ディストリビューションのパートナーシップ」を組んだのだ。(追記:リリースされました!)その件についてComplexにて語ったのだが、そのインタビューが非常に面白かったので紹介をしたい。彼はこの度アトランティックと「パートナーシップ」を組んだのだが、それはレーベルに所属したということではない。これはRussのRCAとのパートナーシップと同じであり、Nipsey Hussleのレーベル「All Money In」がレーベルとして制作をし、アトランティックが流通をするという手の組み方であろう。自分がどのように活動するかのコントロールを100%持ちつつ、金銭的なメリットも非常に大きく保てるのだ。これは彼が今までインディーズとしてレバレッジを作ったからであろう。
そんな彼のレーベル「All Money In」というと、ミックステープ「Crenshaw」を一枚100ドルの価格で、1000枚限定で発売し、1000万円ほどを稼いだことが2013年に話題になっていた。(Jay-Zが100枚買ったことも話題になっていた)そんな「希少価値」の強さを全面的に押し出した彼となっているが、彼は「ブランド」として運営することの重要さについて語った。
Nipsey:「All Money In」は別に希少価値を全面的に押し出しているレーベルというわけではないんだ。例えば「Crenshaw」に関しては確かにフィジカルは1000枚限定という希少さがあったが、デジタルは配信もしていた。これはアトランティックがやるように、どこからでも音楽自体は手に入れることができるということだ。だから今までの音楽と差別化するとしたら、フィジカルが1000枚限定で、自社からリスナーに直接届けたというところだろう。レーベルのカラーというよりは「#Proud2Pay(対価を支払うことに誇りを持っている)」というアプローチの効果だったと思う。少数をコンシューマーにダイレクトに届けるという戦略だった。
多分どのアーティストも、ビジネスに関わっている人であればコンシューマーにダイレクトで届ける戦略から何かを得ることができると思う。特にコンテンツを作っている人はね。俺らはそのなかで「#Proud2Pay」というブランドを作って、何かしらリリースするときはバージョンと「#Proud2Pay」バージョンを作るんだ。後者は希少なノベルティや経験が付いてくるものとなる。
#Proud2Payというムーブメントについて語ったNipsey Hussle。この「無料の音楽」と、「有料で希少価値が高いバージョン」という別け方に関しては、しばらく音楽業界において提唱されてきた戦略ではある。Chance the Rapperもそのような活動をしているが、実際に頭で理解をしていてもなかなか実現できるものではないということは、アーティスト経験がある方であれば経験済みであろう。しかしNipsey Hussleに関しては何よりも「ブランド展開」というものについて理解をしていると感じる。彼はかなりの読書家であり、様々なビジネス事例についても詳しい人である。そんな彼の素晴らしさは、明確なヴィジョン、そして道のりのプランを持っていることである。彼は続いてこのように語る。
Nipsey:俺らはMarathonというブランドの実店舗をオープンしたんだ。これがリテールのネットワークの第一歩となる。そこが商品をやアーティストの「グッズ」を届けるハブとなる。そして「グッズ」の枠を飛び出て「ストリートウェア」というところまでいって、いずれかはフルでラインナップも出す。そしてその後は他のブランドのものでもとりあえずドープなものも販売する場所になる。
ゴールとしては俺のリスナー/客が最も多い10都市にてリテールのストアを開店することだ。そして「Crenshaw」でやったようなことを離れた10箇所で一気にやる。毎回他社のスペースを借りてポップアップストアとかをやるのではなく、全国に自社ブランドのネットワークができる。次のプロジェクトではアトランティックと「パートナー」したから、音楽業界の既存のリテールは彼らがやる。それに加えて俺らはダイレクトにリスナーやファンに商品を届ける活動をし続ける。音楽業界の既存のエコシステムの外で、ビジネスを作りたかった。それが「Crenshaw」で起こったことだったし、既存の販売ルートよりお金を稼ぐことができた。「Crenshaw」でやったような、一晩で売上1000万を何箇所でもできるようにする。その1stステップがLAに実店舗をオープンすることだった。
この数行だけでも、彼がいかに詳細に戦略を練っているかがわかる。現代では「音楽を新しい方法で売る」というテーマになると、どうしてもITと関連しないと成功しないと思われがちであるが、彼はリアルで非常に合理的な戦略をたてているのが伝わってくる。この戦略を見て、私はとあることに気がついた。それはTech N9neのビジネスとの共通点である。実際に彼が意識しているのかどうかはわからないが、Tech N9neのレーベルのCEOが語るビジネス理念に「仲介を排除する」というものがある。実際に彼らはグッズの製造ルートやレコーディングスタジオなどの「制作」に携わる機能を自分たちで持つようにしている。「自分たちが仲介になる」ために投資しているのだ。
Nipsey Hussleはこの「ブランド」をつくる戦略を、あのハローキティなどのキャラクタービジネスで有名な「サンリオ」に例えている。
Nipsey:サンリオはノベルティアイテム/ブランドで年間5000億円ほどのビジネスをやっているんだ。よく考えると、彼らが世界で最も大きいブランド/マーチャンダイジング企業と言っても過言ではない。そしてそれは「グッズ」でも「マーチャンダイズ」でもなく、単純に「サンリオ」の商品としてなんだ。
ハローキティというキャラだけだったとしても、「コンテンツ」というエコシステムのなかに存在している。ヴィジュアル、アニメーション、実体験、テーマパーク、商品などが展開されている。「コンテンツ・クリエイター」として参考になるし、俺らもそのようなポテンシャルがあると思うんだ。そのインフラを持って、ゴールを作れればな。例えば本来は50円ぐらいの鉛筆を、コンテンツの力で1000円で売れるようになったりする。スターバックスだって、Wi-Fiと「ヴァイブス/体験」というものを与え、本来より高いフラペチーノを売っている。
本来より高い値段で売るのが目標ってわけではないけど、ヒップホップは常に「マスにウケないといけない!」というプレッシャーに晒されている気がするんだ。でもその「マスにウケる」ということが商品やブランドの真摯さに悪影響を与えてはいけない。その心配をしないためにも、100万枚売るのではなく、100$を支払ってくれるリスナーのために音楽を「仕立てる」のが重要かなと思うんだ。
コンテンツ・クリエイターにとって、「サンリオ」のビジネスは非常に勉強になり、インスピレーションでもあると語ったギャング出身のラッパー。確かにコンテンツビジネスとしての素晴らしさ、展開の幅広さは非常に参考になるかもしれない。その上で、Nipseyはアーティストに付随する「グッズ」としてではなく、独立した「商品」として成功させることが重要だと語るのだ。「スターバックスの価値」については、大学生のときの授業の題材に頻繁になっていたのを思い出す。100万枚売るのではなく、100$を支払ってくれるリスナーのために音楽を「仕立てる」のが重要、というフレーズもローカルでネームバリューを作ったNipseyだからこそ出てくる「成功」の価値観なのだろう。
「想い」と音楽外の活動
そんな彼は現在音楽と「商品」ビジネス以外にも積極的に投資をしている。Fiat(法定紙幣)と経済の関係について勉強した彼は、仮想通貨を扱うスタートアップ企業に投資し、いわゆるフィンテックにも足をツッコんでいる。彼はアルバムをリリースしていないが、既に「ミュージシャン」の粋から飛び出ているように感じる。その証拠として、彼は現在不動産会社と組んで、とある目的を持った「建物」の建設に投資しているのだ。それは2階建てであり、1階部分が子供たちに科学、IT、数学、エンジニアリングを教える場となる。そして2階部分はいわゆるWeWorkのようなシェアオフィス/コワーキングスペースとなると語る。その2階部分の売上が1階の子供たちの教育費となるのだろう。彼はこの活動についてこのような想いを持っている。
Nipsey:多くの起業家が生まれるシリコンバレーには、「多様性」がないと言われている。その理由としては、貧民街やインナーシティからシリコンバレーに行くパイプラインがないことが挙げられる。そのパイプラインがない理由としては、俺たちには科学、IT、エンジニアリング、数学などのスキルがなく、それを教える環境がない場所で育った13歳の子供に、その分野に興味を持たせるのは難しい。それに触れることができる環境で育たないといけないんだ。だからそんな環境をサウス・セントラルに作りたい。
彼はこのように「強い想い」に加え、論理的に戦略をたてることができる脳を持っている。そのなかでも「行動」としてエクセキュートできる「コミット力」を持っている人材は非常に貴重である。世の中には「知識だけは蓄えている」という人も多いが、彼のような「強い想い」から始まるこの一連の論理性にその知識を当てはめることができる人物が世界を変えるのだろう。非常に面白くワクワクするインタビューであった。
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