Mike WillのビートがBeyonceの手に渡り、「Formation」になるまでの驚きのストーリー

 

 2016年のビッグヒット

と言ったらBeyonce(ビヨンセ)の6枚目のアルバムとなった「Lemonade」だろう。そのなかでも特に話題になったのが1stシングルとして公開された楽曲「Formation」である。力強いMVもさることながら、黒人であることの誇りを全面的に押し出した賛美歌でもあり、社会の女性に力を与えるような内容でもある。

このビートをプロデュースしたのは、Rae SremmurdのBlack Beatlesなどもプロデュースしている「Mike Will Made It」と彼が経営するレーベルの仲間たちなのだが、このビートがビヨンセの手に渡るまでのストーリーが相当興味深いので紹介したいと思う。The New Yorkerにて「Formation」の誕生秘話が語られている。

Mike Will Made It – Wikipedia

 

ドライブ中のフリースタイルから誕生?


Mike Willが経営するレーベルの一員であり、Mike Willの友達の「A Pluss」が、2014年頃にデモバージョンを作ったことから全てがはじまった。その後Mike WillとRae SremmurdのSwae Leeが、LAにて行われる巨大フェス「コーチェラ」に行くために長距離ドライブ旅をしていたときに、Mikeが車のなかでこのビートを流したのである。砂漠続きの道をドライブしていたため、退屈になったSwae Leeがこのビートの上でフリースタイルをしはじめたと語っている。

そのフリースタイルにて、後にこの曲で有名になるフレーズ「O.K., ladies, now let’s get in formation」がSwae Leeの口から出てきたのである。「このフレーズめっちゃいいぞ!」となった2人は、この曲が女性へ力を贈るようなパワーソングになると感じたらしい。コーチェラから帰宅し、彼らはすぐにスタジオにてそのフレーズを録音したと語っている。

ビヨンセのようなアーティストにこの曲を歌ってほしいと考えたMike Willは、ビヨンセの出版をやっている会社の社長にこの曲を送ったが、ビヨンセからの音沙汰はなく、数ヶ月がすぎてしまった。(Mike WillはJay Zの「Magna Carta . . . Holy Grail」にてコラボしたのがきっかけで、その社長とは繋がっていた。)

 

数ヶ月ごしの偶然


数ヶ月フィードバックがなかったので、その話しがなくなった思われていた。その後、Mike WillがNBAの「クリッパーズ対キャバリアーズ」を観戦するためにLAに再び出向いたときに「Formation」の物語が再び動き出した。

レブロン・ジェイムスが主演を務めたナイキのCMの曲をMike Willがプロデュースしていたのもあり、彼はレブロンのエージェントと知り合いだったのだ。試合が終わったあとに、レブロンと一緒に遊ぶ約束をしていたが、Mike Willはホテルで寝てしまい、起きたら午前2時だったと語っている。しかしそれが幸い、タイミングとしては素晴らしい結果となったのだ。2時に起き、彼は明け方にレブロンと合流しチルしていると、なんとJay Zとビヨンセが前触れもなく登場したのである

そこでMike Willに気がついたビヨンセが、急に思い出したかのように「あ、そういえばあのFormationのアイディア凄い良かった」とフィードバックをしてくれたのである。なんと偶然が巡り巡って、数ヶ月ごしにそのプロジェクトが動き始めたのだ。その後、2人のアイディアをスタジオで詰めていったと語っている。ドライブ中に適当にフリースタイルしていた曲が、様々な偶然の上でかき混ぜられ、あの「Formation」となったのだ

 

学べること


このストーリーから学べることは「繋がり」という言葉の意味であろう。彼のビートがビヨンセまで届けられ、さらに直接顔を合わせて話しをするまでに、いくつの偶然があったのだろうか?そしてそれは本当に「偶然」なのだろうか?実際には偶然ではなく、彼が今まで積み上げてきた「繋がり」と「行動力」が実を結んだというほうが適切かもしれない。

確かに無駄に他人と絡み、人の意見をいちいち気にするのはアーティストとして良くないと感じる。しかし自分のキャリアにおいて最適な「繋がり」を自分から作り、さらに授かった繋がりを無駄にしないで応用していくことは非常に大切だ。案外世の中の「運」や「偶然」という事象は、行動力が積み重なってできているのかもしれない(人脈版バタフライ効果とでも言うべきか)。そう考えると「運も実力のうち」というフレーズも納得できる。