自分が今持っているものを最大限に活用する「イノベーションとヒップホップ」Steve LacyやAnderson .Paakから学ぶ。

 

 

音楽制作に必要なもの

と言われたら、何を思い浮かべるだろうか?もちろん人材やスキル以外にも、時間、製作環境/機材が大きな要素となってくるだろう。特に過去には機材が参入ハードルとなって、音楽製作ができなかった人も多いのではないだろうか?しかし現代は技術の発展により、そのハードルが著しく下がってきている。

カムアップするラッパーにとっての「地下室スタジオ」の役割。音楽にコミットできる環境づくり

 

その暁として特に音楽経験もないまま、SoundCloudに楽曲をアップしてバズってしまうアーティストもいる。ラップトップ、オーディオ・インターフェイス、マイクさえあればラップをレコーディングできる時代となってきているので、自然な流れであろう。しかし世の中の全員がマックブックなどを持っているわけではない。「誰でも」製作できる時代になったと言えばなったが、マックブックエアーでさえ値段的にはかなり高価なものだ。私も大学生のときにはじめて自分のラップトップを買ったが、それまでは8000円ほどの6トラックMTRや友人のPCを借りて音楽制作をしていた。この記事では「音楽製作とリソース」というテーマから広げ、「ヒップホップとイノベーション」についても少し考えたい。

 

Steve Lacy

そんな「音楽作りたいけど、リソースがなくて作れない」という方に紹介したいアーティストがいる。彼の名前はSteve Lacyであり、The Internetのメンバーとしても知られている「超DIYプロデューサー」である。彼はなんとiPhoneのアプリで全ての製作を行っているのだが、今年はケンドリック・ラマーの「Pride.」をプロデュースしたり、Tyler, the Creatorの「Flower Boy」にも参加している。

実際に彼の楽曲製作のプロセスは今年になって多くのメディアにて取り上げられているので、知っている方も多いだろう。この度彼はTEDに出演し、楽曲製作について語ったので、紹介をしたい。

 

Steve:俺は4年間ぐらいずっとクリスマスにマックブックが欲しいとお願いしていたんだ。毎年毎年クリスマスツリーの下にマックブックが置いてあることを楽しみにしていたけど、実現しなかった。そこで俺は第5世代のiPod Touchをゲットしたんだ。iPod TouchをゲットしてからiMPC、Beatmaker2、Garagebandなどのアプリを研究しはじめた。

元々、俺がなんでマックブックを欲しいと思っていたかと言うと、周りのアートをやっている友達が皆マックブックを使っていたからなんだ。そこから俺はこのポケットに入っている小さな機械の世界を探検しはじめた。色んな音を試しているうちに、「自分が”必要”だと思っていたものは、もしかしたら”必要”ではなかったのかも」と想い始めた。最初は本当に酷いクオリティのビートばかり作ってたけど、iRigの存在を知ってから見違えるほど良くなった。

 

彼はずっとマックブックが欲しかったが、ゲットすることができなかったためiPodタッチをゲットしたと語った。実際にThe Internetの曲等のデモ状態を動画内で流しているので、聞くのをオススメする。自分が手が届く範囲で研究してみた結果、彼は「なぜ必要なのか?」という問いを自分にすることができるようになった。実際に彼のiPhoneで製作された楽曲はどれもクオリティが高く、非常に彼の世界観に合っていると感じる。もし彼が「何かを持っていない」ことを理由に行動しない人だったとしたら、恐らくいつまでも「マックブックがないから無理」と言っていただろう。しかし彼は自分自身が持っているリソースを最大限に使うために「研究」し、逆にiPhoneで音楽を作ることを「強み」として、自身のブランドを確立したのだ。

これは一見「良い機材なんていらない」と言っているようにも聞こえるかもしれないが、実際のメッセージは違うだろう。これは「現在の自分が使えるリソース」を正しく認識し、それを自分の持ち合わせのスタイルと組み合わせることにより、どのような環境でも「ある程度」の製作ができるということであろう。そしてこの「ある程度」というのは、自分が成長していく「過程」のなかでの「最大限のアウトプット」となる。これは以前書いたSZAの記事にも共通することである。一歩ずつ段階を踏んで成長していく上で、「成長した先の姿」を待っているだけでは何も起こらないのだ。「機材なんかいらないし、皆iPhoneで製作すればいいのに」ということではなく、「自分が今できることを全部試してみたか?」という学びがあると感じる。DIYから巨大なファンベースを確立したHopsinも以前書いた記事にてこのように語っている

自分の理想ではない環境に陥ると、周りのものを注意深く観察するようになる。まるでロボコップのように見えるもの全てを分析するんだ

彼は全くなんの知識もない状態から、MVを撮るためにカメラ屋さんに通いリサーチをし、撮影/編集も自分でネットで調べて活動していた。もちろん最初はしょぼいクオリティであったが、彼は「段階を踏む」強さを知っていたのだ。逆にSteve Lacyは今ではマックブックも購入できるだろうし、いくらでもスタジオに入れると思うが、今でもiPhoneを使用している。ここで重要になってくるのは、彼が作りたいと思っている世界観/音楽感/質感が「iPhone製作」というスタイルとマッチしたということだ。その世界観と、「リソースがない」という状態が当てはまり、結果として「満足いくもの」を作れるようになったのだ。

Malibu

環境的にはSteve Lacyほどではないが、自分が持っている限られたリソースで傑作を作ったのがAnderson .Paakである。実はあのグラミーノミネート作品「Malibu」のボーカルはいわゆる「宅録」なのである。彼は以前紹介した記事で「Malibuはマックミニと凹んだマイクで録った」と語っており、彼の今までの製作環境を説明したこちらの記事の情報と組み合わせると、恐らくDumbfoundeadが長年使用していたあの凹んだマイクを使用したのではないかと予想ができる。

 

「手が届く」というイノベーション

このようなアーティストの例を見ていると、「自分でもできそう!」と思うことができるだろう。その「心意気」を実際に実現できる世界となってきている。私はここに「イノベーション」の本質を感じている。イノベーションという言葉は「革新」という意味で、頻繁に使用される言葉であるが、恐らく使う人や分野によって温度感が違うように思える。そのなかで、私はSteve LacyやAnderson .Paakのようなアーティストが活躍する世界は、とある形の「イノベーション」が起きた世界だと感じる。そのイノベーションとは、とあるプロダクト/コンセプトが誕生したおかげで、「誰にでもできるようになる可能性が高まる」機会が平等に与えられ、今まで雲の上の存在であった”夢”が「誰からでも手が届くもの」になることだと私は考えている。

例えば、以前は動画編集は多くの人にとっては想像もできない作業であったが、今では中学生でもスマートフォンである程度の編集ができる。もちろんクオリティは低いかもしれないが、上記の「段階を踏む機会」を多くの人に与えていると考えると「手が届くもの」となったと言える。もちろんiPhoneやマックブックなどのツールを購入するには現代では比較的に裕福である必要があるが、一昔前までは想像もできなかった「クリエイティブの製作/表現」という作業が、今では当たり前のように世界中で行われている。今までサイトを作ったことがないような人でもWordpressなどのツールにより、製作できる可能性が大幅に上がり、ハードルが大幅に下がった。今まで商売をやった事ない人でも、BaseやStoresによって誰でも出店できるようになった。このようなイノベーティブな社会の恩恵を受け、Steve Lacyのような「私でもできるかも」と思わせてくれるアーティストが「イノベーティブ」な存在として世に出てくる。

私がヒップホップを「イノベーティブ」なジャンルだと思っているのには、このような理由もある。これは以前「Googleが祝うヒップホップ」という記事で書いたことであるが、ヒップホップは楽器を持っていなかった人たちがレコードプレーヤーと言葉を使い「アーティスト」になれる土台を作ったのだ。そのような意味では「表現」というものが上記の「手が届くものになった」タイプのイノベーションである。iPhoneがリソースのないSteve Lacyにとってのスタジオになったように、ヒップホップは声なき表現者の声を拡散する拡声器となった。この「イノベーション」で育った子供たちが成長し、イノベーティブな活動をする。個人的にはその連鎖がどこまでも続くのを感じていたい。

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