Ab-Soul「Evil Genius」に隠された悲しい実話と素晴らしい言葉遊びを考察

 

Ab-Soul(アブ・ソウル)

ケンドリック・ラマーとともにTDEの顔として活躍する彼は現代を代表するリリシストだろう。彼が2016年12月9日にリリースした「Do What thou Wilt.」はビルボードヒップホップチャートにて9位を記録し、TDEアーティストのポテンシャルの高さを世に改めて認識させた。そんなリリシストとして活躍する彼のMV「Evil Genius」に込められたストーリーを紹介したいと思う。

 

この曲の題材は「死と前進」だと感じる。

Ab-Soulが付き合っていた女性であり、アーティストでもあったAlori Johが2012年に自ら命を断ってしまったことがこの曲の原点となっている。MVからもわかるように彼は今までずっと暗い場所にいた。しかし最終的に「外に出る決心」がつき、彼女が眠っているお墓に出向くのだ。実際に彼女のお墓に訪れたのは彼女の葬式以来だと語っており、この5年間の彼の心の変化を表しているようだ。

 

Ab-Soulの知識と言葉遊び


この曲における印象的なリリックをいくつか解説/考察をしたい。まずは1stヴァースのこのフレーズ。

 

With the light-sensitive Eye of the Tiger, fire flame(光に敏感な虎の目、燃える炎)

 

このリリックの何が凄いかというと、言葉遊びに彼の博識っぷりが出ているところだ。まず「光に敏感」という箇所は、彼が幼少期に患ったスティーブン・ジョンソン症候群の後遺症を表している。彼の目は光に弱いため、常にサングラスをかけているのだ。

さらにこのラインの飛び抜けて素晴らしいところは「Eye of the Tiger(虎の目)」という箇所であろう。このフレーズには3つの意味がかかっているようだ。1つは単純に「虎のような目」をしているという比喩である。

2つめは1989年にリリースされたSurvivorの大ヒット曲「Eye of the Tiger」にかかっており、自分が「Survivor(過酷な状況を生き残った人)」だということを示している。これは幼少期の病気だけではなく、「彼女の死を乗り越え、自分は生きることを選んだ」という意味と捉えることができる。

さらに3つめは中国の風水における「Tiger’s Eye(虎目石)」とかかっていると考察ができる。虎目石はネガティブを遠ざけ、視野を広げ、冷静に物事を考察できるようになると言われている石である。彼は目は弱いかもしれないが、目には見えないことへの視野の広さと洞察力はラップ界トップレベルだと感じる。

 

Told Lori I’ll never do coke again, but she did what she did
And I’m here again, I ain’t pointing no fingers
Lori(彼女)にもうコカインをやらないと約束したが、彼女は自分のやることをやってしまった。
またこの状態に戻ってきたけど、あなたのせいにするつもりはない

 

彼女と約束したが、その彼女を失ったことによって以前のネガティブな生活に戻ってしまったが、それを彼女のせいにするつもりはないと語るAb-Soul。しかしこの後に自分が男として、人として成長したことを示している。

 

You would know if you scrolled through my older tracks
I’m just a Romeo mourning his Juliet
(人として成長したことについて)俺の昔の曲を聞くと、俺がジュリエットを嘆いているだけのロミオだったことがわかるだろう。

 

彼の楽曲“The Book Of Soul”では亡くなった彼女を嘆く彼を聞くことができる。シェイクスピアのロミオアンドジュリエットでは、最愛のジュリエットが亡くなったと勘違いしたロミオが彼女の後を追い、自殺するのだ。Ab-Soulも近い状態であったが、ロミオのようにはならないと誓い「前進」することを決心したのである。彼はここ数年で哲学、考古学、宗教、生物学、経済学などを独自で研究したとリリックで語っている。先程の「虎目石」からもわかるように彼は知識を取り入れ、広く世界を見ることにより、人間的に成長したのである。

 

亡くなった彼女の曲をサンプリング


曲の終盤に出てくるこのリリックに注目したい。

 

You be my star I’ll be your sky. You can hide underneath me and come out at night
And when I turn jet black and you show off your light
I live to let you shine, I live to let you shine
あなたは私の星となり、私はあなたの空になる。私の下に隠れて夜になったときに出てくればいい。
私が真っ黒になったとき、あなたが輝きを見せればいい。
私はあなたを輝かせるために生きている。私はあなたを輝かせるために生きている。

 

こちらのリリックはAb-Soulの亡くなった彼女Alori Johの「Let You Shine」から引用されている。この曲はAb-Soulについて書かれていると言われており、そのように考えるとこの曲意味の深さを考えさせられる。彼女はどのような意味を込めたのだろうか?まっすぐにAb-Soulへの気持ちを書いているようにも思えれば、「死」をわかっていたかのようにも思える歌詞である。

「真っ黒」というフレーズが「死」を連想させ、亡くなった後にAb-Soulの才能が世の中に広まるということなのかもしれない。「死をもって人ははじめて伝説となる」というJ. Coleのリリックにも共通することかもしれない。真相はわからないが、このフレーズを使用したAb-Soulが前進したということからも、「伝説」になるためにこれからも生きて輝き(音楽を作る)続けるという意思表明だと感じる。

 

Ab-Soulが公開した「Evil Genius」に隠された悲しいストーリーと彼の成長は、ヒップホップ史上に残るストーリーかもしれない。「Evil Genius」というタイトルに込められた意味を考察するのはとても難しいと感じる。Ab-Soulはこのアルバムのコンセプトがクロウリーの「法の書」から影響受けていると語っており、「法の書」では神が女性の可能性があると記載されている。彼のツイッターの質問回答では、「神と悪魔はどちらも女性であり、神は創造者であるが、悪魔は違う」と語っていることから「Evil Genius」と「女性」には深い関係性があることが想像される。

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