Wiz KhalifaやMac Millerを発掘したID Labsが若手プロデューサーたちにアドバイス。音楽業界と未来のワクワクへ投資する力。

 

 

多くのヒップホップアーティスト

が出てきた土地と言ったら基本的にNYが最初に思い浮かび、LAやアトランタなどを思い浮かべる人も多いだろう。しかし近年はヒップホップが最もドミナントなジャンルになったのもあり、Ice Cubeが言うように全国/全世界からヒップホップアーティストたちが出てくるようになった。今では全国的に、様々な街にて「シーン」というものができているが、そのなかでも2010年代に話題になったのがピッツバーグであろう。ヒップホップを語るとき、あまりピッツバーグの名前は聞かないが、ここ10年でWiz KhalifaとMac Millerというスターを2人輩出した街である。

Mac Miller「自分に言い訳をするのを辞めた」ドラッグの闇から抜け出した彼の成長

 

そんな彼らのキャリア初期にて、かなり重大な役割を担ったのがID Labsというプロデューサー集団/スタジオである。Big Jerm、E. Dan、Sayezの3人からなる集団であり、今までWiz KhalifaとMac Millerの楽曲の多数をプロデュースしてきた。特にWiz Khalifaに関しては完全に彼らが「発掘」した形であり、彼らがいなかったらWizは世に出ていなかったかもしれない。そんなID LabsのE. Danが誰でもビートを販売することができるマーケットプレイス「Beatstars」のツイッターインタビューにて語っていたことが非常に興味深かったので紹介をしたい。

 

DJ Pain 1:あなたはプロデューサーとして表舞台に出る前から、スタジオをやっていますよね?その経済的なリスクをとってスタジオをはじめたのは何故ですか?

E.Dan:まぁこのビジネスがどれだけ大変かという点について、無知だったからかな。当時自分ができることは、これしかなかったんだ。元々ミュージシャンで、プロデュースとかするようになって、レコーディングもするようになった。自分がお金を稼ぐって考えたとき、本当にこれしかできなかったから、地下室にスタジオを作った。そしたら仲間になりたいって人や関わりたいって人が増えてきた。だから「スタジオやってビジネスにするぞ!」って感じじゃなくて、自分ができることをステップ踏んでやっていた。自分が音楽に関わり続ける延長線上でだ。

 

スタジオビジネスは大変であり、成功してもリッチにはなれないと語ったE.Dan。本当にその地域のことを想い、アーティストたちとの関係性を築ければビジネスにできなくはないが、難しいビジネスである。しかし彼にはプロデューサーという顔もあるのだ。恐らく彼はプロデューサーとしてのほうが収入が多いのだが、こう語る。

 

E.Dan:プロデューサーとしてミックスのスキルがあるというのは凄くプラスに働いたよ。あとはWiz Khalifaがまだ16歳のときに出会えたのは運が良かったし、タイミングが良かった。もちろん人気になるまでは長い道だったけど、彼のキャリアが開花しはじめてID Labsの道も開いたね。

彼は元々ID Labsのスタジオでインターンをしていたんだ。友達からこのスタジオについて聞いたらしく、2回セッションをやった後に彼の才能に気がついて、雑用をやってもらう代わりにスタジオを使わせてあげてたんだ。でも俺らは素晴らしいものを作っていることを理解していたから、すぐにその雑用部分はなくなって、完全にアーティストとして抱えることになったけど。そこからは彼は常にスタジオにいて一緒に作業していたよ。

 

これは非常に興味深い話である。もし16歳の若者が「雑用をやるからスタジオを貸してほしい」と言ったら、貸している側からしたら「使わせてやる」という意識になりがちであろう。しかし結果的にはWizのおかげでID Labsのキャリアは爆発したように前に進みはじめたのだ。そして彼はWizがいたからこそ、自分がプロデューサーとしてここまでこれたという感謝の心も忘れていない。このことに関して彼はこのように語る。

 

E.Dan:Wizに関しては、俺らは「こいつを育成してスターにするぞ!」という感覚ではなかったんだ。単に「こいつと良い音楽を作りたい」って感じだったし、アップカミングなプロデューサーにアドバイスをするとしたらそういうことかな。ビジネスとしてビートを売るのも大事だけど、音楽的に新しい価値を与えてくれる人を見つけて親密な関係を築き、一緒に制作するのはもっと重要だ。もちろんビートを売って生活している場合は相手を「ビジネスパートナー」として見る必要もあると思うけど、一緒に音楽を作ってエンジョイできる人と、お金のためではなく「良い音楽を作る」ために作業する。そういう関係性を築くのは、最終的にビジネスとしてビルドアップしていく方法としては素晴らしいと思う。

 

「金を稼ぐ」というメンタリティも重要であるが、「こいつと良い音楽を作りたい」という関係性が長期的なキャリアにおいては重要だと語った。簡潔に説明すると「俺がまだ開花する前のWizを見つけたように、あなたもそのような存在を見つけよう」ということであろう。実はこれが音楽「業界」と「プロデューサー」の本質/理想像なのではないだろうか?とも正直感じている。

 

プロデューサー

現代は「プロデューサー」と「ラッパー」の基本的な構造が変わってきているだろう。一昔前であれば、プロデューサーがラッパーを招いたり、抱えて「プロデュース」するのが基本的な形になっていたようにも思える。Dr. Dreもそうであれば、クインシー・ジョーンズはまさに良い例である。それは対等な関係であり、ビジネスパートナーというよりは「こいつとなら面白いことができる!」という感覚であろう。

しかし今ではインターネットの発達によってか、「ラッパーにビートが起用されるのを待つ」という構図がマジョリティになっているようにも感じる。実際にはプロの業界内ではそうでもないのかもしれないが、インターネット上で「カムアップ」しようとしている「ビートメイカー」たちは「プロデューサー」にはなれていないという仮説も浮かんでくる。そんななか、積極的に「お!こいつとなら絶対一緒にやりたい!将来絶対熱いことになる!」というアーティストに声がけするのは一つの手であろう。以前グラインドをしているアーティストとして紹介したRaz Frescoもそのような形で多くのラッパーにビートを提供している。しかし見方によれば、彼は密な関係を築けなかったから、「チーム」としてMac MillerやTygaなどと一緒にのし上がっていくことができなかったとも言える。ID LabsはRostrumがMac Millerと契約する前から彼にもスタジオを提供をしており、その後も多くのMac Miller曲をプロデュースしている。

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この「過去の実績ではなく未来への希望にお互い投資する」というのは、プロデューサーについての話だけではない。音楽が「業界」としてビジネスになったのも、当初は「こいつらの素晴らしい音楽を世の人に聞かせたい!」という想いが連鎖的に広がったからであろう。しかし今では「ネット上でバズったから」や「フォロワー多いから」などの、上記の「想い」とは関係のない「過去の実績」ばかりを気にしているパターンも頻繁に見るようになった。例えば私が最高だと感じるアーティストを紹介したとしても、「有名アーティストとコラボしたら考える」「過去の売上枚数が少ない」という理由で興味を持たないレーベルも少なくはない(単純に音楽的に好きではないという理由だったら納得だが)。そのようにしている間にアーティストたちは、水面下で巨大なファンベースを築く。そして気がついたらもう手遅れになり、「乗り遅れてしまった〜」と後悔をする。そのようにして「未来への希望へ投資する」機会を失っているのだろう。

私の個人的な温度感と経験を語ってしまったが、要するにE.DanがWiz KhalifaとMac Millerにたいしてしたことは、この「こいつと良い音楽を作りたい!」という「ワクワク」に投資しただけのことである。しかしこれはある意味、アーティストに対する「無償の愛」でもあり、一緒にリスクを背負うことでもある。ケンドリック・ラマーを長年自分の元におき、食費なども提供していたTDEのTOP DAWGも完全にこのパターンである。このような人物と彼らの想いが連鎖することにより、音楽業界が「業界」として底上げされるのではないだろうか?私は個人的にそのように考えている。

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