Chance the Rapper、Noname、Sminoなどを担当したグラミー受賞エンジニアElton Chuengと語る。シカゴ・ヒップホップの事例から学べること。

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アイコニックな作品

というものは多く存在している。アーティストが表現として自分の経験と脳と感覚を絞りだし、それを「作品」という形で私たちは聞くことができている。しかしそれはアーティスト一人で出来ることではない。(もちろん近年は一人でやる人も増えているが)多くのステークホルダーたちの力が集まり、アーティストの脳内が「作品」として形成されているのである。以前はFrank Oceanのエンジニアのエピソードから、いかに彼が作品づくりに貢献しているかを紹介した。

Frank Oceanの作品たちを手がけたエンジニアから学ぶ。作品を作り上げるための「自信」

 

そんな裏方として、作品の非常に重要な部分を支えているElton Chueng、通称「L10」というレコーディング/ミックス・エンジニアを知っているだろうか?この人物、実はシカゴのヒップホップとって欠かせない存在である。一言で「グラミー受賞エンジニア」と言っても伝わると思うが、彼の功績は素晴らしいものだ。ざっと彼がミックスした作品を紹介すると、Chance the Rapperの「Acid Rap」全曲と「Coloring Book」の数曲、Mick Jenkinsの「The Healing Component」、Nonameの「Telefone」、先日来日を果たし素晴らしいライブを見せてくれたSminoの「BLKJUPTR」「SICK SICK SICK」「BLKSWN」を担当している。また、シングルではJoey Purp、Towkio、Knox Fortuneなどのアーティストを担当しており、彼が新世代シカゴ・ヒップホップと0から歩んできたことが伝わってくる。彼は大学を中退し、Chris “Classik”のスタジオにてインターンとしてSminoやChanceたちと寝泊まりし、Classikスタジオ発祥のクルー「Zero Fatigue」の一員としてシカゴのヒップホップに多大な功績を残してきた。

そんな彼がSminoのクルーとして来日した際に、楽屋で彼とウィスキーを飲みながら1時間ほどヒップホップについて語ることができたのだが、その時に彼が語ってくれたことを紹介したい。ライブの翌日、「昨日話した事、かなりインスパイアリングだったな」と感じ、彼に記事にしていいか確認したところ、快く許諾してくれたので記事にさせて頂いた。たまたまSminoとMonte Bookerを簡易的にインタビューした後だったので、録音をそのまま回しておいたのがラッキーであった。インタビューではなく、会話であったため、実際の会話を書き起こしてみた。

 

Kaz:Sway in the Morningのインタビューであなたが少し喋ったの見ました!Coloring Bookも何曲かミックスしたんですよね?

L10:そうだよ!それ以外にも「Acid Rap」もミックスしているよ。「Acid Rap」知ってる?

Kaz:もちろん知ってます!日本でレーベルを始めたいんですけど、始めるときに何か一緒にやりたいです!メディアのノウハウを使って、執筆/マガジン以外でもアーティストの活動とヒップホップ/音楽業界に貢献したいと思ってて。

L10:レーベルやるのはいいね!特に日本はまだヒップホップにおいて発展途上の国だよね?面白いのは、シカゴも少し前まではヒップホップにおいては「発展途上」だったんだ。もちろんR.Kelly、Twista、カニエ、コモンなどがいたけど、今の人たちからすると既に「オールドスクール」なんだ。

Kaz:その世代の音楽を聞いて育ったから、俺らにとっては「クラシック」ですけど、今の人たちからすると確かに「オールドスクール」ですよね。

L10:シカゴでは、「自分の世話だけをする」というメンタリティがあったんだ。さっき名前を挙げた彼らも、有名になってからコラボとかはしてたけど、カムアップのときは「自分の世話をする」というメンタリティがあったと思うんだよね。でも2011年ぐらいにChief Keefが出てきたとき、多くのドアが開いたんだ。

Kazドリル・ミュージックのときですね。

L10:Chief Keefが出てきて、その後にChanceが出てきたんだ。興味深いのが、シカゴのヒップホップメディアなどはChief KeefとChanceを…えー、なんて言えばいいかな

Kaz:ビーフさせるというか、いがみ合いを勃発させる?

L10:そんな感じ。Chanceはどちらかと言うと「コンシャス」よりなアーティストで、Chief Keefはドリルアーティストだった。だからシカゴのヒップホップメディアとかは、いがみ合いをする彼らを見ることができるかどうかを試してたと思うんだよね。

Kaz:話題性とアクセス数のためにですよね?

L10:そうそう。

Kaz:俺そういうメディアのやり方が嫌いなんですよね。

L10:そう!だからインタビューとかでも、Chanceとかに対して「Chief Keefについてどう思う?」みたいなことを聞くんだ。

Kaz:どうにかしてネガティブな答えを引き出そうとするんすよね。

L10:そうそう!でもChanceと彼のSavemoneyクルーは皆「俺らはChief Keef大好きだよ!」って感じだったんだ。

Kaz:だからVic Mensaもデビュー・アルバム「The Autobiography」にてChief Keefをフィーチャリングしてましたしね!

L10:まさにそう!町として成長していくには、お互いをサポートしあって、擁する必要があるんだ。昔のシカゴのアーティストたちは「自分の世話だけをする」というメンタリティを持っていたと思うんだけど、俺が今まで一緒に仕事した「仲間」たちは、そのメンタリティを撤廃することができたんだ。お互いをサポートするという形が作れたと思うよ。

Kaz:東京もそういう側面を増やしていければいいなと思います。

L10:だから今このストーリーを君に話してるし、シカゴもまだまだ成長する。シカゴは狭くて、音楽をやってる奴らは皆知り合いなんだ。多分東京でも、シカゴの例が当てはまる部分って結構多いと思うんだよね。そして君は「メディア」というアウトレットを持ってるから、その精神を耕して成長させることに貢献できると思う。

Kaz:そういう想いもあってやってます!これって前にインタビューしたRaz Frescoってトロントのラッパーも言ってたことなんですよね。Raz Fresco知ってますか?

L10:知らないな…

Kaz:彼はRaekwonとかとも共演したことがある若手なんですけど、彼もトロントについて似たようなことを言っていて。元々トロントのアーティストやファンは、お互いをサポートしてなかったり、ギスギスしてたけど、ドレイクが有名になってから皆地元を応援して団結するようになったって言ってました。

L10:そうそう!本当にシカゴもそんな感じ。なんかトロントとシカゴって、いつも変にパラレルになってるというか、境遇が似てるんだよね。そんな感じで、たった一人の人物がその状況を変えることができるんだよ。プラットフォームを持ったとき、ネガティビティではなく「愛」を見せないといけないんだ。「愛」を持って事例を作れたり、他のアーティストをサポートすることができたら、それは自分のためにもなる。

俺がシカゴの皆と動き始めたとき、全員が無一文で貧乏だった。Chanceは今ではAランクのセレブだけど、一緒に仕事はじめたときは彼も無一文だった。全員ラッパーになりたがってたけど、誰もお金を持ってなかったから、お互いをサポートした。Nonameも「あまりお金ないんだけど…エンジニアしてほしい」って感じでTelefoneを持ってきたんだ。でも俺は「関係ない!やろう!」って感じだった。

Kaz:音楽が素晴らしかったというのもありますよね。

L10:もちろん。それで彼女は「ラップ」という音楽で、日本でライブをすることもできてる。何もない状況から、ラップで生活ができるようになったと考えると、とても美しいことだ。

Kaz:しかもそれがグローバルなのがいいですよね。日本だとリリックとか分からない人が多いのですが、それでもSminoとかNonameとかが日本にきてライブをするということに美しさを感じます。

L10:本当にね。自分の「友人」と呼べるぐらい距離が近い人たちの音楽が世界中に広まってると考えると、めっちゃクールだよね。

Kaz:しかもその音楽が世界中の人たちをエンパワーしているわけですもんね。

L10:ヒップホップというブラック・アメリカンアートがこうやって世界中に広まってるのは、彼らからの贈り物だよ。そして日本でもこうやって文化を耕して、自分たちのコミュニティを良くしようとしている人たちがいることが凄くクールだと思うよ。

Kaz:自分のコミュニティを良くすることと同時に、今後も作品やライブを宣伝したり、想いを伝えたりして本国のアーティストたちに貢献することに努めていきます。

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彼が語ったこのシカゴの事例は「ヒップホップ」というものにおいて非常に重要なことであろう。元々「自分の世話だけをする」というメンタリティを持っていたシカゴヒップホップは、「何も持っていない同志で助け合う」という精神によって街全体としてカムアップをしたのだ。「何も持っていない」から「成功した存在」になったとしても、彼らは地元の才能を引き続き世に出し続けている。これは以前書いたWiz KhalifaとID Labsのエピソードと少し似ている。Wizも多くのピッツバーグのアーティストのドアを開いた存在であるが、ID Labsは彼と一緒にリスクを背負って二人三脚でカムアップをした。Chief Keefの後のChance the RapperとSavemoneyクルーや、Zero Fatigueは町単位でそれが徐々にできているのだ。自分だけではなく、自分が持っている才能/力を「コミュニティ」として還元するそのエピソードは、「ヒップホップ」においても非常に非常に重要な要素である。

また、L10は中国系アメリカ人であるため、アジア人としてヒップホップ業界で活動するということに関して非常に興味深い意見も話してくれた。Playatunerでも度々語られている教育とヒップホップという話題も共感できる話となった。

 

L10:アメリカと日本のヒップホップの関係でめっちゃ面白いと思うのは、アメリカにはJ Dillaがいて、それと同じ時に遠い日本という国にNujabesがいたことだ。ワールドワイドなヒップホップの美しさだ。

Kaz:美しいですね!また、日本において、自分が何をやらないといけないか?ってことを考えたとき、やっぱり上記のようなポジティブな面を押し出すことだと思うんですよね。今日本では、実はラップバトルがメジャーなんですよ。バトルラップも凄く良いカルチャーだし好きなんですけど、マスメディアにてあまり他の要素がフィーチャーされてない今は、自分が信じてる他のポジティブな要素を紹介していくのが自分の役割なのかなって考えてます。バトルのようにアグレッシブであるだけではなく、ヒップホップが多くの人の人生に影響を与え、救ってきたという面を出したいですね。

L10:ヒップホップは俺の人生も救ったよ!

Kaz:俺はスケートボードと音楽によって救われましたね。ヒップホップや音楽は、学校とかクラスに居場所がない子供たちに居場所を与えることができる活動だと思います。もちろんそれはバトルも入ってます。

L10:本当にそれ!俺はまじでずっと最悪の成績で、本当に学校が上手くいかなかったんだ。俺はいつも音楽について考えてたから、全く集中できなかったんだ。絵を書いたり、リリックを書いたりしてて全く学校の勉強に集中できなかった。

Kaz:ちょうど先日Chuck Dのツイートを元に、学校教育とアートの歪さについて書いたのですが、既存の教育システムが苦手分野だった場合、将来へのドアがかなり見つけづらい社会になっていると思うんですよね。

L10: 特にアジア人の家庭だと、学校のシステムで良い成績とって、良い大学に行って、良い就職をする、という道を辿らないといけないという風潮があるけど、全員が全員それにマッチするわけではないんだ。どんな人種であったとしても、自分の脳がどう動くかによって自分がやるべきことは変わってくると思うんだ。

Kaz:周りと同じように考えて、同じように行動するように育てるシステムですよね。日本だともっと顕著だと思います。

L10:クッキーの型取りと同じだよ。皆「型」に当てはめられてるんだ。俺は大学を中退することをめちゃくちゃ恐れてたんだ。でもその時俺は既にChris Classikのスタジオで寝泊まりしてたし、夢中になっていたから、ChanceやSminoとも出会えた。開始して6年後でグラミーを受賞することもできた。もちろんコミットしたからというのもあるけど、俺は本当に恵まれてるし、Chris Classikのスタジオでインターンしたり、皆と出会えてラッキーだった。

 

ヒップホップなどの活動が「居場所」を提供してくれたという共通点を持っている私とL10。以前もアートとスポーツの教育を対比させた記事で書いたのだが、このように居場所と夢中になれることを提供し、人々の人生を救ってきたポジティブな要素もヒップホップは強くもっている。特に楽器などを持っていなくても始めることができるという「ストリート・カルチャー」は非常に多くの子供たちの自尊心を保ってきたようにも感じる。

お互いアメリカに住んでいた/住んでいるアジア人というのもあり、「アジア人」というテーマで、今後どのように活動していくか?ということについて話題は進んだ。

 

L10:アジア人ラッパーを見てて思うのは、多分凄く難しいんだけど、やっぱりアジア人コミュニティから飛び出さないといけないと思うんだ。

Kaz:確かにアジア人ラッパーは米国で少し知名度が出ると、大体が自分のルーツというか国に戻って活動しはじめますよね。

L10:自分の人種的なコミュニティだけを擁することが多いんだ。でも世界に真剣に捉えられたいのであれば、外のコミュニティに出て、世界に顔を見せる必要があると思う。特にアフリカン・アメリカンのアートとして、産業はアメリカに根付いているから、LAとかNYで活動してみても良いと思うし。ただやっぱり、アジア人ラッパーたちが今後世に出ていくにおいて、自分が心地よいコミュニティから外に出て、自分の顔をもっと見せるということが必要だと思うんだ。特にヒップホップではアジア人の顔を見慣れていない人も多いから。

 

先程は自分のコミュニティにて助け合う精神について語ったが、アジア人アーティストが世界にて活躍するためには、外に出ていき、自分の顔をバンバン出していかないといかないと語った。これは、アーティストとして世に出ていくのであれば、遠い場所の傍観者になるのではなく、ヒップホップ・カルチャーの当事者になろうという意味なのかもしれない。特に彼のクルーZero FatigueはSmino、Monte Booker、Ravyn Lenaeという黒人だけではなく、L10のような中国系アメリカ人やChris Classikのようなフィリピン系アメリカ人がおり、彼が実際にヒップホップ業界で活躍するなかで感じたことなのだろう。

このように彼との会話はむしろちゃんとインタビューしておけば良かったな…と感じるぐらい濃い内容であった。特にシカゴヒップホップが「団結」によって成長し、次々にスターを生み出した事例からは学べることは多いだろう。「◯◯は有名だから」などは関係なしに、イケてると思ったら全力でクルーとして助け合いをする。いわゆる「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」に似たものが、「クルー」としてできているのかもしれない。その「ユニティ/助け合い」は次の世代のために、文化と世の中を少しでも良いものするために必要なものだと彼の会話から改めて学んだ。今後もそのような事例を紹介していきたいと思える会話であった。

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