Futureが音楽キャリアを長続きさせる方法を語る。「クラシック」であることの意味とは?

 

 

新世代のラッパーたち

のなかでも次の世代のレジェンドになるであろうパイオニアたち。そのようなアーティストが歴史を作っているのをリアルタイムで見るのも、音楽ファンとしては非常に面白い。特にヒップホップ/ラップは常に新しいスタイルが出てくるのもあり、ラップゲームの変換の仕方が好きであっても嫌いであっても、見ていてドキドキハラハラするのは間違いない。

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そんななかで、一つの潮流を作り、確実にレジェンダリーステータスに近づいているアーティストがFuture(フューチャー)である。OutKastの成功に大きく貢献し、OutKastのヒット曲を数々とプロデュースしてきたDungeon FamilyのRico Wadeの従兄弟として、音楽センスを鍛えた彼はアトランタのトラップシーンの第一人者として君臨している。今年リリースしたFUTURE/HNDRXXXは様々な記録を打ち立て、歴史に残る作品となった。

そんな彼がHighsnobietyにて語っている内容が面白いので、紹介をしたい。「俺には最もリアルなことを聞いて欲しい。他人については聞かないでくれ。俺には俺についての質問をしてくれ」と語った彼のインタビューからはVince Staplesと似た精神を感じた。Via Highsnobiety

 

制作がハイペースなことについて

Future:俺は常に音楽を作っているんだ。それが鍵だ。音楽はたった三ヶ月で変わる。だからもしヨーロッパに三ヶ月滞在して、アメリカに帰ってきたとしてもその期間で「音楽」というものはガラッと変わる。だから常にアンテナ張り続けているんだ。最終的には人々が気にいるテンポとかもあるから、それの良さを理解しつつ、自分でいることが重要だ。

自分でいることが最も重要かな。例えば自分がやりたいことをやっていて、それが上手くいかないから辞めたとする。そしてもし別の人がそれをやりはじめて成功したら、ムカつくと思うんだよね。「全員」になろうとする人はいるけど、最もキャリアが長続きするのは「他の10人」になろう努力をするんじゃなくて、「自分」という一人であることだ。

 

常に音楽を作っていること、そして「自分」であることの重要性が一番大切だと語った。「全員になろうとする」という現象は、アーティストになりたいが道に迷っているミュージシャンが特に陥るものであると感じる。「認められない」という状況が続き、自分の強みがわからなくなり、上手くいっている他人の真似ばかりを中途半端にしはじめると、「何者でもない人」になってしまうのだろう。

この件をFutureが語っているのが非常に興味深いと感じるのは、彼は自分のスタイルの先駆けとしてブームの火付け役になったが、現在業界内には彼に影響されたアーティストが非常に多いからだ。「影響」というより、「そのままやん」と感じるアーティストもいるなかで、スタイルの先駆者である彼の作品はシーンの代表として将来の「クラシック」として根付くだろう。そして彼は「クラシック」についてこのように語った。

 

➖ あなたの音楽が理解されなかったり、人々に勘違いされているな、と感じるときはありますか?

Future:あるね。というか、それってむしろ起こるべきことなんだよ。俺は人々が思っているよりスマートだから。でも結局10年後〜20年後にならないと、彼らより俺のほうがスマートだったって皆気がつかないだろう。10年後とかにも聞かれる音楽だから、そこでやっと「あぁ彼が言ってたことをやっと理解できた」って皆が感じるはずだ。

その「ロンジェヴィティ(長続きすること)」が音楽を「クラシック」にするものなんだ。もし聞いた初日で全てのことを理解できたら、それは「クラシック」ではない。20年経ったとしても、共感できるものがクラシックなんだ。俺が5年前にリリースした「Pluto」で言ったことを、今やっと理解する人もいる。理解されるのに時間がかかるのは、悪いことではない。

 

「音楽が今理解されない」ということは、クラシックへの第一歩と語ったFuture。先駆者として新しいことをやるということは、そういうことなのだろう。多くの人が一瞬で理解できるものは、誰かが既にやったことがあるものであり、「まだ理解されないかもしれない」というリスク取ることが「クラシック」になるために重要なのかもしれない。実際にはFutureは現在ではメインストリームでも売れているアーティストであるが、表舞台に出てきた当初は「理解されない覚悟」を背負っていたと感じる。

そう考えると、LAのビートシーンが盛り上がっていた時期にも共通する話であるようにも思える。「新しい表現をやる」という理念で活動していたアーティストが多くいたLAは、水面下で盛り上がっていたが、その表面上のサウンドを真似し始めたアーティストが世界中で乱立したことにより、「あぁ、最近よくあるこんな感じね」というテンションになってしまうことが多くなったと感じる(私だけかもしれないが)。

「自分」であり、20年後でも共感され、まだまだ新発見がある音楽がクラシックなのだろうと感じるインタビューであった。今でも人々がシェイクスピアや絵画を研究しているように、「様々な視点がある」ということほど作品として素晴らしい状態はないのかもしれない。そう考えると、ケンドリックの「DAMN.」はいまだに理解できていないことが多いのもあり、未来でも研究されるだろう。

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