T-Painから見るレコード契約とアーティストの自由。彼が語るアーティストが感じるストックホルム症候群とは?
アーティストとレーベルの関係
については非常に多くの形態がある。金銭的な問題であったり、権利的な問題で仲違いしてしまう場合もあれば、TDEとケンドリックのように「人生のパートナー」として二人三脚で活動する場合もある。もちろん金銭的な問題や権利的な問題も重要であるが、アーティストとして非常に重要なのは「アーティスト性の尊重」と「クリエイティブでの自由」であるように思える。
近年はインターネットを流通経路として、大手レーベルに頼らずに独自で活動するTech N9neやHopsinのようなラッパーも非常に大規模で成功している。そのようなアーティストに関しては、確かに金銭的なアドバンテージは最初はないかもしれないが、成功したときのリターンと「アーティストとしての自由」に関しては、リスク相応のメリットがある。そんななか、T-Painがインタビューにて興味深いエピソードを披露していたので、紹介をしたい。
彼は大手レーベルがアーティストの作品の主導権を握る方法として、このようなことを語った。
T-Pain:彼らは人々に「このアーティストはクレイジーな奴」だと思わせるんだ。レーベルがアーティストの主導権を握って、もっと大きな割合でお金を稼ぐためには、アーティストを精神的にブレイクダウンさせる必要があるんだ。そうやってストックホルム症候群のようなことを起こすんだ。何回も「お前はクレイジーだ」と言いまくると、人は段々それを信じてくる。そしてレーベルの皆に「こいつはイカレてるし、多分酔っ払ってるから恐ろしいことを言うぞ」ってイメージを植え付けることによって、実際にアーティストが何か新しい提案したときも「あ、こいつ酔っ払ってるんだな」って思われるし、そのせいでまともに取り合ってもらえない。その状況が続くと、自分に自信がなくなって、レーベルが言うことが絶対正しいと思い込むんだ。
本当は「自分は世界を変えることができる」と信じてるような、世間的には「クレイジー」なやつしか世界を変えられないんだけどな。
「アーティストの提案がクレイジーであり、絶対に間違えている」というイメージを植え付ける方法が、大手レーベルが主導権を握るためにやっていることだと語ったT-Pain。何故これをやるかと言ったら、実際にレーベルはアーティストの作品でお金を稼いでいるため、アーティストに「このレーベルが絶対に必要だ」と思わせる必要があるからだと語る。なので、もしアーティストが「自分のやりかたが正しい」という自信をつけてしまったら、レーベルにとっては不利な契約に持ち込まれる可能性があるのだ。そのなかで「私は間違えていて、このレーベルの方法がないと売れなかった」ということを信じ込ませるため、本人とその周りに「あなたの提案はクレイジー」だと刷り込むのだ。
実際にはこの通りじゃない場合も多いと思うが、非常に興味深い話である。確かに自分の周りのアーティストや、今まで「アーティスト」として話したレーベルとの話を思い返すと、思い当たる節がある。様々な業界人から「そんなんじゃ売れない、◯◯すべきだ」という批判は聞くが、実際にメディア側に回ってみると、案外その事例が外れていたり、「絶対に売れない」と言われてたアーティストがめちゃくちゃ売れたりしている。もちろんビジネスパートナーとして手を組む限りは、お互いが尊重し合えるとベストだと感じる。そしてT-Painは自分の事例についてこのように語った。
T-Pain:俺自身が選んだシングルは、全部プラチナ認定されている。俺が選んだ全部だぞ!んで一回単純に世に出そうと思って出したシングルが世界的にヒットしなかったから、「お前あのとき間違えてたよな?」と詰められて、レーベル(RCA)がシングルを選ぶようになった。そこから全部右肩下がりだよ。
そして俺が「あなたたちはもう何回も間違えてるし、そろそろ俺が選んでもいいか?」と言っても「いやいや、まだこれから良くなるから、今は種を蒔いてるだけだから」と言って自分に主導権を握らせてくれない。それで俺が怒ったら、レーベルの皆に「こいつはクレイジーだ」って噂が流れた。
んで俺は2011年に自分のアルバム作ったから、そのときにレーベルの皆を自宅に招いて、リスニング・パーティーをやったんだ。そしたら誰一人として音楽を聞いてなかったし、皆が大声で話してた。自分たちが利益をあげる題材となる作品なはずなのに、皆音楽を聞かないで大声で話してたから俺は怒ったんだ。
T-Painは実際に自分の音楽でこのような事例を経験しているからこそ、上記のことを感じているのだろう。(彼は自身のレーベルもやっており、RCAを経由してリリースしている)リスニング・パーティーでの件は、もしかしたら単純にレーベルの人たちにとってT-Painの自宅が楽しすぎちゃっただけかも知れないが、作品とアーティストにたいしてのリスペクトが足りなかったとも言えるだろう。また、彼のシングルに関しては、実際に彼がクレイジーなのかどうかはわからないが、これは非常に残念な件である。もちろん全てのレーベルがこのようなスタイルではなく、世の中にはアーティストのパートナーとして素晴らしい活動をしているレーベルがあるのは確かだ。
ただこれは実際には単純にレーベルとの仲違いではないと感じる。正直ある程度の関係性はすでに契約の時点で決まっていたのではないだろうか?とも思うのだ。例えばVince Staplesはデフ・ジャムと「レーベルから出る予算は少ないが、Vinceが全てのクリエイティブコントロールを握る」という契約を結んでいる。またマック・ミラーもA&Rがついていないと語っており、非常に高い契約金をもらいつつクリエイティブコントロールを握っている。このアーティストのクリエイティブコントロールに関しては、アーティストとの契約にもよるのだろう。
これはどのようなことかと言うと、恐らく契約する前に他の箇所にて犠牲をとっているか、「レバレッジ」を作ることができているかのどちらかなのではないだろうか。Vinceに関しては前者でもあり、ある程度の後者の要素もあると感じる。マック・ミラーはインディーズでかなり知名度を上げていたという意味で後者であろう。この「レバレッジ」に関しては以前Playatunerで詳しく書いたが、アーティストが一番有利な契約をするために、最も重要なことである。レーベルと契約する前に、ある程度の成功事例を作ることが重要であり、「あとは予算を少し投資すれば大規模で爆発する」という状態まで持っていけていれば、アーティストにとって有利な契約ができるのだ。
そもそもインディーズで「レバレッジ」を作るという概念は、近年のインターネット時代だからこそでてきたものかもしれない。(X Japanなどはインディーズ時代に事例を作れているが、ネット時代のインディーズ・ラッパーの成功例と比べると規模感が少し小さいだろう)様々な音楽が手に入るようになり、リスナーにとっての選択肢が信じられないほど増えたとき、「メジャーだから売れる」という安心感が少なくなっているのは確かだ。そんななか、その安心感のない状態で、他人に自分の作品の運命を100%任せることができるのだろうか?このような疑問からも、自分が100%満足できる形で活動することの需要がさらに増えてきているようにも思う。アーティストもレーベルも満足できる形で、お互いがパートナーとして活動できる事例が増えると願う。
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