「あなたのようになりたくない」2010年代トップMCのJoyner Lucasの曲から見る「ロールモデルと心の居場所」

 

 

2010年代のトップラッパー

という議論は世の中で頻繁に行われている。そのなかではケンドリック・ラマー、J. Cole、Joey Bada$$などのラッパーの名前が挙がるであろう。個人的にはJ.I.D.も推しており、彼はPlayatunerフレッシュマンにも含まれている。

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Joyner Lucas

そんななか、「ずっと誰かを忘れているな…」と感じていた。それがJoyner Lucas(ジョイナー・ルーカス)の存在であった。彼は既に4枚のミックステープをリリースしており、2015年ぐらいから名前を聞いていたのでフレッシュマンの候補から抜けていたのだが、今考えるとフレッシュマンに入れるべきだったと後悔をしている。彼は2010年代のラッパーという括りのなかでは確実にトップレベルであり、今後さらに知名度を上げていくだろう。そんな彼の楽曲から感じ取ったことを紹介したい。

彼のリリックはコンシャスでもあり、ストリートでハードでもある。フッドにて起こる現実を自分の視点に置き換えて伝えることを得意としており、アグレッシヴなラップスタイルをしつつも、非常に考えさせられる内容となっている。そんな彼が2017年にリリースしたミックステープ「508-507-2209」はクリエイティブな楽曲が多く、そのなかでも「Keep it 100」は特にMVを含めてストーリーが鮮明に脳裏をよぎる。100ドル札がどのようにして渡り歩いたかを描く曲のMVは必見だ。

 

 

子供とロールモデル

そんな彼のヴィジュアルと連動する楽曲たちであるが、そのなかでも今回紹介したいのは「Just Like You」という曲のメッセージである。この曲のテーマは「子供とロールモデルの存在」である。彼はこの曲についてこのように語っている。

子供たちは誰もがヒーローに憧れたり尊敬したりする。本来はその対象は親であるべきだが、もし親じゃない場合は、誰を尊敬して、誰の背中を見て育てばいいのだろうか?

 

1回目と2回目のサビでは「あなたのようになりたくない」というフレーズを連呼する。自分の親を「ロールモデル」として参考にしたくない子供の視点でこの曲を書かれているのだ。1stヴァースでは息子の視点で父親に対して書かれている。印象的なラインを抜き出すと

あなたのようになりたくない
私はドラッグを売りたくない
あなたのように売春婦たちとファックして「愛することができない」と言いたくない
私はThugやゴロツキになりたくない
私は酔っ払ったり、ハイになって一晩中ストリップクラブで過ごしたくない
私は牢屋に入りたくない
仕事がない人にはなりたくない
復讐的な人にはなりたくない
いつかこれがあなたの心に響くことを願う
あなたはいつも一方的な判断をするから
あなたのようになりたくない

MVを見ると、毎日仲間と集まってウィードをやっている大人に子供が上記のことを言っているシーンとして描写されている。Joynerはこのように語っている。

 

父親として、人間としてこれらのことを恐れている。俺はストリップクラブに言って金を投げまくったりしない。それは俺にとって何も良いことがないからだ。俺は昔ドラッグを売ったこともあるし、それで刑務所に入ったこともある。自分の息子にはそのような経験をさせたくないんだ。

 

2ndヴァースでは娘の視点で母親について語っている。Joynerはこのヴァースにて「フッドでは4人子供がいて、教育も受けていなければ学位も持っていないから仕事が見つからない母親たちがいる。いつも男を追いかけ回して、毎晩外に出ている。」という内容をラップしており、自分の母親を見ながら語る娘の台詞として描かれている。こちらの問題は、以前書いた「ラッパーが多用する「Bitch」という言葉。2Pacの曲から込められた想いを読み解く」という記事で書いた内容にも通じることである。このように親の背中を見て育った子供たちは、誰をロールモデルとして成長するのだろうか?Joyner Lucasはこのような疑問を私たちに投げかけている。これはフッドに限ったことではないが、この連鎖は実際に世の中で起こっていることである。

 

3rdヴァースと外のロールモデル

そして3rdヴァースでは親以外をロールモデルとして尊敬し、育った子供たちの視点で語る。MVの男子はスポーツ選手のポスターを見ながら、女子は歌手のポスターを見ながら、尊敬の眼差しでこのように語る。

憧れて尊敬できる人が必要だ
何かあったときに、居場所になってくれるロールモデルが
自分が迷ったり、混乱したりしたときに
自分のルーツがわからなくなったりしたときに
自信が必要だ
私はあなたとあなたの性格を愛してる
私は最近Thugな人生を歩もうとしてしまっているけど、自分で納得できていない
問題があったとき、あなたはちゃんと対応する
あなたの存在が必要だ
子供たちの居場所になれるように私に教えてくれ
あなたのおかげで意識がクリアになった
あなたのおかげで怪物を恐れることがなくなった
あなたのおかげで失敗を恐れなくなった
曇った人生をクリアにしてくれた

あなたのようになりたい。

外の世界に自分の理想を見つけた子供たちは、外にロールモデルを探すようになる。その存在が自分の心の居場所となり、何か道を踏み外しそうになったとしても自分の行動を省みるきっかけとなる。スポーツや音楽などの「夢中になれるもの」が子供たちの居場所となり、ヒップホップ、ロック、スケートボードなどは、娯楽以外にもそのような役割を担ってきたものであると感じる。

これは「学校にて起こるイジメ問題」という記事でも書いたことなのだが、子供にとって「心の居場所」というものは非常に重要である。それが家庭なのか、学校なのか、それか全く違う活動なのかは人生それぞれである。そのなかで重要なのは、子供たちが心の居場所を見つけることができるような機会を多く与えることなのだろう。その「機会」の数が多いほど、自分を見失いそうになったときに、心の拠り所を見つけることができる。

 

アーティストとロールモデル

「ロールモデル」という存在に関して感じるのは、自分がロールモデルになるつもりがない場合でも、子供たちにとってはロールモデルになってしまっている場合があるということだ。Joynerの曲のように、親をロールモデルにできなかった子供たちは、外部にそのような存在を探しはじめるからだ。

これはNasが言っていたことにも通じるのだが、「俺はロールモデルになるつもりがないから、なんでも表現する」というアーティストは多いだろう。正直それはある意味「アーティスト」としては正しい心意気だと感じる。しかし倫理観を教える存在がまだ現れていない子供たちのなかには、そのアーティストの作品が全てだと思い込んでしまう子もいるだろう。他人の子供たちを育てるのはアーティストの仕事ではない。しかし望んでいなかったとしても、「自分をロールモデルにしている子供たちが実際に存在している」という意識を持つことが重要なのかもしれない。作品は「表現」であり、自由に活動すべきだと感じるが、その代償として、2Pacが言っていた「無責任なラッパー」ということを思い出す。

例えば、殺人や死についてラップするのにそれに伴う「痛み」についてラップしないのは無責任だ。泥棒や犯罪についてラップするのにそれ伴う「償い、刑務所、死」についてラップしないのも無責任だ。

自分の経験として語り、「そこから前に進んだ」というニュアンスであれば、同じ状況の子供たちもエンパワーされるのだろう。しかし2Pacも言っているように「美化」は「無責任」なのだ。ドラッグを経験として語るのではなく、美化しているアーティストたちを批判してきたのはこのためだ。

私のアメリカ時代、バイオレンスやセクシュアルなコンテンツを含んでいるCDには「Parental Advisory」のマークがついていたので、子供に買わせない店員も存在していたのを思い出す。実際には「これエクスプリシットだけど大丈夫?」と一言かけるだけの店員が多かった覚えがあるが、私は小さい頃毎回CDを買うときには「なるほど。これは危ない内容なんだ」と少し意識して買っていたのを覚えている。(特に当時のエミネムとか50 Centなど)インターネット時代では音楽にそのようなフィルターをかけるのが難しいのもあり、「アーティストとロールモデルと教育者の関係性」が変わってきているのだろう。

Joynerの曲を聞くとロールモデルの重要さ、そして学校では成績が良く友達も多かったが、親の影響でギャングになった当時の友人を思い出す。

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